この世界がもし
こんな話しを耳にした。
それはとても興味深い話しではあったものの、滑稽にも感じ、かといって笑い飛ばす気にもならない。理不尽極まりて、なんていう言葉が頭にも浮かんできたものの、それもまた表現としては正しくないのかもしれない。
それは、小さな子どもたちの会話であった。
「ねぇ、この世界がもしゲームの世界だったら、私たちは誰かに動かされているのかな?」
「えー! どうなんだろう。でも、ゲームの世界だったら、空だって飛べるかな?」
「んー、たぶん、ゲームしている人がそうしないとできないんじゃないかな」
「そっかー」
この世界がもしゲームであったら……。
私が私として、何をどう感じ、考え、行動している、ことすら、操られているものだったとしたら。
いやいや、そんなこと、あるわけない。
「おもしろい話しですね」
突然、聞こえた声は子どもたちのものではなく、隣に座っていたおばあちゃんであった。
「この世界がゲームだったら。でも、本当に、それもあるかもしれない」
おばあちゃんは、ゆっくりではあるがはきはきとした言葉でそうつぶやき、私のほうに目を向ける。そうしてほほえみながら、どう思いますか? という問いかけに思わず愛想笑いを返しながら、
「おもしろい、とは思いますけれど、そんなこと、あり得ないと思います」
それを聞いたおばあちゃんは、なるほど、とうなずいている。
「では、こんな話はいかがでしょう。もし、この世界が5分前に誕生したとしたら、どうですか?」
この世界が5分前に誕生した。それは、この世界がゲームである、ということよりもさらに現実味がなく、考えるまでもなかった。
「これまで、私は何年も生きてきましたから、5分前に世界が生まれたなんて、あり得ないと思います」
おばあちゃんはうれしそうに口元をゆるませている。
「そういう設定で、作られたとしたらどうですか? 何年も生きてきた、という設定で、5分前に誕生したのです」
「……そうですね。歴史、歴史は、どうなのでしょう。これまでの積み重ねがあるから、今があるのだから、そんなものまで設定されただなんて、思えません」
相変わらず、うれしそうにうなずきながら、
「そういうふうに、思いこみたくなる気持ちもわかります。けれど、もし神様がそんな設定で5分前に世界を誕生させたとして、それを否定できますか?」
そう言われてしまうと、どんなものでも、そんな設定で5分前に誕生した、と言われてしまったら、それを否定することはできそうになかった。けれど、それは心情的に納得もできず、ぐるぐる頭が回っている。
「気持ち的に否定したくなる気持ちもわかります。私が、子どもたちの会話がおもしろい、と思ったのは、この世界にある可能性について触れていたからです。疑問が思考を生み、それが発展して世界を回す。こんなにすばらしいことはありません」
混乱極まる頭の中で、すんなりとその言葉は入ってこない。
「あり得ない、と否定してしまうのではなく、当たり前にある日常すら疑問に感じ、何かを考えていくこと。それは、とても、大切なことです。今ある日常は、当たり前ではないのですから」
おばあちゃんはやさしいまなざしを向けながら、そう伝えると、立ち上がった。
私は、いまだ咀嚼しきれない言葉たちを反芻したり、少しずつ飲みこんだりしながら、整理しきれない思考を急速に回しながらなんとか、あの、と伝えると、おばあちゃんは再び私を見てくれる。
「まだ、よく、わかっていないですけれど、楽しい話しを、ありがとうございます」
なんとか、それだけは、感じ取れ、伝えることができた。
おばあちゃんはゆっくり頭を下げると、この場から忽然と姿を消した。