立ち振る舞いがわからなくても、居心地のよい空間はある
ずっと気になっていた喫茶店に、行くことにした。
行く前はやたらと緊張をしており、何かと理由をつけて、やっぱりやめておこうか、なんてことも考えていたけれど、意を決して玄関の扉を開ける。
風が肌に触れて鼓動までが空気に振動していくように密接な感じを受ける。体の中は妙に熱く、外の空気は程よく相殺してくれているものの、熱がわずかに優っていた。
何度もその場所まで歩いていたこともあって、道に迷うことなくスムーズに到着してしまう。
日本庭園風の佇まいに、旅館のような風情、端から見たら、とても喫茶店とは思えない雰囲気があり、私は散歩のたびに目を向けないわけにはいかなかった。
庭園を散策したい気持ちもあったけれど、初めにそれをしてしまうときっとそれだけで満足してしまうだろうと感じ、ゆっくり入り口まで歩いては、心の準備もまばらに、一つ深呼吸をして扉を開けた。
驚くことに、行く前にあれだけ感じていた緊張は、店内に入った途端に弛緩して、落ちついて入ることができた。それは、このお店の親しみ深い雰囲気がそうさせるのかもしれない。
外観だけではなく、内観もどことなく旅館風情としたもので、土間で靴を脱いで下駄箱にしまうと、スリッパを履いて店内に入る。
案内されるままに店内を見渡しながら歩く。年配の方が多いが仕事途中のサラリーマンもおり、活気よりは安寧とも呼ぶべき穏やかさがある。厳かな空気と和やかな空気が同居し、流れる時間が静かをくるんで異世界にでも紛れこんだような不思議な居心地のよさがあった。
年月を経て完成されたような色の木製の椅子は良質なものかもしれないが、お世辞にも長い時間座るには硬さがあって座りにくいものの、店の雰囲気には大変はまっていた。
メニューを眺め、注文をする。チーズケーキとコーヒーのセットを頼んだ。
待っている間、改めてぐるりを見渡す。
天井からは提灯がぶら下がり、それがやわらかな灯りを持ってゆられている。周りには陶芸品やら人形やら、古めかしい質感のものが置かれている……
と、頼んでいたものが出てきた。
それとは別に、小鉢に漬物やら果物やら小分けに盆に乗っており、思わず「すみません! ありがとうございます」と恐縮したものの、よくよく隣の席を見れば、同じように出されているものを見ると、もともとこんな感じなのだな、と顔が赤くなるのがわかる。
立ち振る舞いが微妙にわからず、困惑を覚える。慣れていないところだと、よくある現象。常連さんの流れのよいテンポには乗れず、ぎこちなさが生じてしまう。
それもまた、新参者の特権ではあるとわかってはいるけれど。
それでもいつか、初めてのところでも、自然に溶けこめるようになれたら、とは思っているーー
そう思って、十年の月日が経っているけれど、いまだに初めてのところは緊張もすれば、立ち振る舞いのわからないときもある。
大人になればみんなできるようになるのかな、なんて勝手に思っていたけれど、そんなことはないのだな。
ただ、わからなくても、何となくこんな感じ、私はこんな感じ、という振る舞い方を覚え、ぎこちなさはあるものの躊躇はしなくなった。
それもまた一つの成長であろう、と自分を納得させつつ、私は今日もどことなく緊張をしながら喫茶店に赴いた。