振る舞い方は自分しだい
「あっぶねーな! 気をつけろ!」
と でも 言わんばかりにこちらを振り向いて走り去っていくバイクを見送りながら、言い知れず気持ちが沈んでいくのがわかる。
実際にそんなことを言っていたのかはわからないし、少なくとも飛び出してきたのはバイクのほうでは、とも思い、けれど憤りを感じる前に落ちていく心地は、なぜだろう。
私が、悪いの、かなぁ。
そんなことを考えながら自転車を漕いでいると、右車線だというのに自転車がこちらに向かって走ってきて、慌ててブレーキを踏んだら、きつい目つきでこちらを ちらり 見やり、ぎゅいっと避けて、通り抜けていった。
なんでだろう、また、同じ言葉が返ってくる。返ってきては、反響し、反復している。
私が、悪い、の?
そんな もやもや が つのる
つのりながら どうしようもなく
ただ ただ 自転車を こぐ
風を 切って 走ると、いくぶん、気持ちもよかった。
体を動かしながら少しずつ落ちていた心持ちも上げていき、ギアチェンジさながらに切り替えられてきたものの、ちょっとするとまた思い出し、疑念やもやもやが湧いて出てくる。
そんな折、目の前の横断歩道で自転車が止まっているのが見えた。信号もなく、車が切れない限り進めないようなところで、まばらに走る車たちは絶妙なバランスを持って途切れることがなかった。
しかしそのうち、一台が止まり、反対車線の車も止まってくれていた。私は少しスピードを緩めながら自転車が横切るタイミングに合わせようとした。
その自転車の乗り手は、右手を上げながら左右の車にそれぞれおじぎをし、すぅーっと抜けていった……。
私は緩めたスピードのまま、その姿が焼けついて、気持ちが燃えているような熱さを感じているのがわかった。その人は自転車を気持ちよく走らせながら、スムーズに、のびやかに、私の視界から消えていった。
そう、だ。そうなんだ。
誰が、いい、悪い、じゃない。
振る舞い方はその人それぞれに任されている以上、どんな行動を選んで動くのかは、その人しだい。
私は、私が気持ちよいと思う行動をすればいいだけであって、それを相手に望むのも違うのかもしれない。
もやもやはつのる、疑念は変わらない、けれど。
それでも、私は、私がよいと思う、行動を選ぼう。
そうして目の前の坂道に合わせてギアを変え、ペダルに力を、こめた。