確認をした時点でクレーマーになるのか
こんなことになるなんて、想像もしていなかった。
さる駐輪場に自転車を停めて、意気揚々と電車に乗りこんだ私は、久しぶりの外出に胸が躍っていた。
実際に、それはそれは楽しい時間を過ごせた。
ランチも、映画も、買いものも、何者にも邪魔されることなく自由気ままにのんびり楽しみ、時間はあっという間に過ぎてしまった。
多少の疲れを覚えながら帰りの電車に乗り、駐輪場に戻る。番号を押してお金を支払い、ロックは解除されたーーはずだった。
しかし、いくら自転車を動かしても爪の部分が収まらず、自転車を引き抜くことができない。おや? と思ったが、慌てることなくコールセンターに連絡し、電話越しの指示に従ったがだめだった。
すぐに管理会社に連絡し、その者が来てくれることになった。
私は致し方なし、とも思いながら、長々と感じる待ち時間を持て余していた。
そのときにはまだ、その方が来てくれたら大丈夫だと思っていたし、慌てても仕方ないとも感じていた。
管理の方がきた。
私はほっとしながら、お願いします、と頭を下げた。
そうしてすぐに作業に取り掛かってくれたが、なかなか爪は引っこまない。
管理の方は別口に連絡をし、諸々説明していたが、ついには諦める形で相手(私)に伝える方向になったことが、その電話の会話でわかった。
そうして、説明を受けながら、私は湧き上がってくる疑問を抑えようと必死だった。
この人は何も悪くない。だから、この人を責めたところで何も変わらない。
しかし、その説明の仕方がとてもとても嫌だった。
どうしようもないことは、私にだってわかるし、それを責めようなんて思わない。が、それを伝えるのに、クレーム対応のような雰囲気を醸し出し、装飾するその気持ちに、私は何とは言えない哀しみを感じる。
「いえ、ありがとうございます。はい、失礼します」
私は暗い顔をしていただろう。声も冷たかったであろう。ただそれだけ伝えると、仕方なく歩いて家に向かった。
その途中で、コールセンターに連絡し、確認をした。それがまた、嫌なものだった。
相手の電話口の方は明らかに慌てた様子で、申し訳ございません、このような対応をしました、迅速に処理できますよう、云々云々。
私は、そんなことが聞きたいわけではなかった。
ただ確認をするための電話で、まるで私がクレームを言っているかのような、そんなマニュアルの対応に、私はとても悲しい怒りを感じた。私の話しなどまるで聞いていない、マニュアルの対応が、心底嫌だった。
たまたま、そうなってしまっただけのことに、誰かに当たったって解決もしなければ、嫌な気持ちになるだけだ。私はそんなことしたくなかったし、そのつもりもなかった。けれど、相手はきっと、違ったのだろう。相手のその対応はクレーム対応のそれであり、とりあえずひたすらに謝罪をし、このような対応をしている、といった言葉だけで、そこには私の姿などない。
私は一度深呼吸をすると気持ちを落ちつかせ、正直に、そんなことが聞きたいわけではなく、こちらとしてはどのようにすればよろしいか、ということを改めてうかがい、それで電話を終えた。
誰も悪いことをしていない、ただ運がなかったのか、管理側の調整不足なのかそれはわからない、が、
きっと相手からすれば、私がクレーマーのように映ったのであろう。それは一種、感情、というものを考えれば、仕方のないことかもしれない。しかし、それでは、私はどうすればよかったのか。
とぼとぼ と歩く帰路を、そんなことで ぐるぐる 思考を費やしながら、いつの間にか晴れやかな気分も消え、夜の闇に同化した気持ちを抑えられずに、もやもやが募っていった。