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宇宙より言葉を捧げる

 今、どこにいるのだろう。という概念を、もともと見る、聞く、そしてひとり、である者が、持つことはできるのだろうか。

 その状態が常であるなら、何も疑問を持たないで、漂うことができるのだろうか。

 それでもあえて、想像してみる。

 私から見れば、暗黒とも称すべき海……いや、闇の中を当てもなくさまよう彼らのことを。

 それは私の、見事なまでの、勝手な妄想だろうか。そんなこと思っていない、と一蹴されてしまうようなことだろうか。わからないけれど、私はそれに想いを馳せる。

 *   *   *   *   *   *

 なんて心地のよいものだ。これほどの心地よさは、他にはないに違いない。

 寝そべりながら、僕はそんなことを考えた。

 他の仲間たちは、どんな気持ちでいるだろう。それはわからないけれど、きっと僕と同じに違いない。

 それは、ゆりかごのようだった。

 僕たちはただ、それに身を任せればいい。安らぎと平穏に包まれて、この空間をただただ漂うのだ。僕は僕であり、僕たちであり、この空間であった。すべては染まられている。この、闇に。

 僕はひとつの存在であり、同時にこの闇でもあった。

 これほど安心感のあるつながりはあるだろうか?

 *   *   *   *   *   *

 しかし、本当に、宇宙というものは、それほどの闇の中なのだろうか? 恒星がある以上、光、というものは、私が思う以上に身近に感じるのかもしれない。

 それに、そもそも「言葉」というものは持ち合わせているものだろうか。誰かに教えてもらえない以上、頭の中で何か、想いを、言葉として思い浮かべ、思考するということが可能なのだろうか。

 それはすべて私の言葉であって、彼が考えていたものではないのかもしれない。そもそも、これは私が作り出したものだ。考えるまでもなかった。

 私は望遠鏡から一度目を離し、じかに自分の瞳で宇宙を見つめてみた。たしかな闇と点々と散りばめられたような星々が、広がっている。

 *   *   *   *

 僕はこうして思考している。

 言葉、というものは自分の想いを自分の中に落としこむためのものであって、それが相手に理解できなくてもいい。相手に伝える、伝わる、相互にやりとりできる。それは言葉ではなく、言語、という文明を司るものの役割だ。本来の言葉で言えば、それはただの想いであり、伝わらなくてもいい。表現なのだ。その曖昧で、美しい、儚い、響き。それが、言葉なのだから。

 *   *   *   *

 もしそうであるならば、私はもしかしたら、うまく言語を扱えていないだけで、言葉はたくさん持ってあるのかもしれない。

 今、自分が彼らに合わせた言葉が妙にすぅーっと入ってきて、納得してしまった。我ながら、よいものを考えられたものである。というよりも、そう導かれたのだろうか……? まさか、そんなこと、あるわけない。

 *   *

 そんなことあるわけない、と、他の人は言うだろうか? いや、きっと僕と同じことを思っているに違いない。

 伝わったり、伝わらなかったり、そんなあやふやで、おもしろいもの。

 そうでしょう?

 *   *

 何だろう、不思議な感じがする。

 まるで、私が彼らのことに対して想いを馳せているのではなく、彼らが私に対して想いを馳せているような。

 変な、感覚。


「そうでしょう?」

 耳に、言葉が入ってくる。それは、私の声ではなかった。

「あなたは、だれ?」

 かろうじて言えた言葉は何の工夫もないもので、しかし、それだけ伝えるのも、声が、震えた。

 かすかに、笑う声が聞こえる。

「僕は、ずっと君といたよ。君を見ていたよ。君も、僕のことをずっと見ていたでしょう?」

 頭が混乱する。何を言っているのか、よくわからない。いや、意味はわかる。けれど、どうしても、現実味がなく、理解を拒絶している様子が、あった。

「今だって、僕の言葉に耳を傾けていたでしょう。きっと、君は自分で考えたつもりだったと思うけれど、あれはまさしく、僕の言葉だよ」

「そんなこと」

 あるのだろうか。

 信じられなかった。私が考えて言わせていた、と思った言葉が実は、そもそも自分で思考していたものだったなんて。

 と、思うのと同時に、そうであるならば、という気持ちがどうしても溢れ、先程拒絶したものが形を変えて目の前に現れていた。つまり、この声の主は、

「そう。僕は、君たちで言うところの星だよ」

 私の心を先読みしたように、彼はそう言った。

「不思議? でも、そうなんだよ。夢でも幻でもない、君がおかしくなってもいない、現実だよ。よく心の中で別人格を作ってお話しする人がいるけれど、たいてい僕たちの誰かとお話ししている。それだけ、身近でもあるんだよ」

 思考が混ざっていく感覚を思う。俄かには信じがたい話しだけれど、妙に私の感覚と近いところがあり、納得してしまう部分がある。だけど、

「それって、私が今別人格に言わせていることになって、結局、君が星なんていう証明にはならないんじゃない?」

 気持ちを強く持った。

 しかし、彼は くすくす 笑っている。

「いつものように心の中で問答するならそうかもしれないね。でも、今は耳から聞こえているでしょう? それは、今は僕の声でしっかり伝えているからだよ」

「……それさえ、妄想だったら? 耳から聞こえている。話しをしている。そんな、夢幻だったら?」

「それは否定しないよ。誰もが今現実なのか夢なのか、本当のところを証明できないように、そういう妄想である、ということを僕から否定はできない」

 でも、

「そんなことを考えてしまったら、君は現実に生きられないと思うよ」

 それは!

 それは、そう、かもしれない。

 今、ここで、これが夢なのだと認めてしまったら、私はいつから夢を見ていて、いつが現実なのか、見失ってしまう。

 いつものように。

 いつものように、その境目が曖昧になって、今度こそ、戻れないかもしれない。

 私は、だから。

 私は、だから、この宇宙で、闇と同化したかった。すべて染めて、すべて包んでくれる。闇に同化したかった。

 ただ

 ただ、彼らに想いを馳せて、そうで在ってほしかった。そんなことを、考えていた。

 きっと

 きっと、私もそうなれると、信じていたから。

「君は、どこに行くの?」

 声が、聞こえる。

 私は、先程までと違って、その声に迷いなく、想いを形にすることができた。

「ちゃんと、歩いていくよ。現実を、歩いていくよ」

 そのとき、流れ星がひとつ、溢れていくのが見えた。風が同時に一陣過ぎ去って、髪を揺らす。そうして、何か、わからない、私の言語にはないものが音として聞こえると、もう彼の言葉は聞こえなかった。

 私は、私の言葉で感謝を伝えた。

*   *   *   *   *   *

 と、また、僕らの出番が来る。

 今度はどこへ参ろうか。

 それは、君たちが、教えてくれる。

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