勝手にそう感じてしまうより
私は迷っていた。
いや、本来ならば迷う必要もないことなのかもしれない。迷うこともなく、なすべきことをなす。本来、必要なことは。
しかし、私は迷っていた。とにもかくにも、迷って。
そうして、それほど悩んでいる時間がないこともわかっていた。私はすでに食事を終えてもいたし、休憩の時間がまだ終わっていないからといって、ここに居続ける理由はもうなかった。なぜなら、普段の休憩所がたまたま空いておらず、流れるように臨時で開放されたこの場所で食事をとっていたにすぎないからだ。
さて、どうしたものか。
いや、悩む必要は、そもそもあるのだろうか? これほどの、流れを前にして。
おそらく、神に啓示を受けたものはきっとこんなふうにして、突如目の前にすべての条件が何の準備も策略もなしに舞い降りてしまったばっかりに勘違いと思いこみの中で、うっかり、神から言葉をいただいた、なんていう発想に至ったに違いない――なんていう、陳腐な妄想はどうでもいい。それに、妄想でも何でも構わないけれど、実際に、目の前に、そろってしまったのだ。そろってしまったばっかりに……。
さて、はて、どうしようか。
私は意味もなく大きく伸びをしたり、スマホをいじったりしながら食休みを装っていたが、いよいよごまかしも効かなくなったように 勝手に 感じた。
そうして顔を上げた先に――
彼女は食事を終えて、スマホを見ている姿があった。
それは、僥倖とでも呼ぶべきものだった。
私が迷っていたひとつの要因に、食事中、ということもあったからだ。食事の手を止めてまで、というのはためらいがあった。
しかし、それでも、うまく言葉を発せられなかった。
そうこうしている間に彼女はスマホをしまい、今まさしく立ち上がろうとしていた。
私は――意を決して
「さっきはありがとうございました」
それを聞いた彼女は動きを止めて、私を見る。
「ん? なんのこと?」
目を真ん丸とさせて、本当に何を言っているのかわかっていない様子だった。
「いえ、新人さんのことです。うまく伝えられていないかな、っていうときに、後押ししてくれたから」
それを聞いてなお ぽかん としていて、少しばかり間があいてから、口をおさえて
「いや、何にもしてないと思いますけれど。大丈夫ですよ、ちゃんと伝えられていましたし」
さらり と伝えてくれる彼女の言葉は何の飾りもなく、変わりのない表情を見せてくれる。
その言葉と表情を見て、あぁ、また私が勝手にひとり悩んでいただけなんだ、と改めて感じた。
後押し、と表現したけれど、正直、もっとちゃんと伝えてほしい、という気持ちがあるのではないか、と感じていたからだ。新人さんに対して、それも初めてのことに対して、こちら側から配慮を願いたい、という気持ちを。私は勝手に妄想し、想像し、それを伝えなければいけない、と そう、思って、しまっていた。
しかし、それは杞憂に終わった。いや、たぶん、杞憂、であったのだろう。
この期に及んでそれを信じきれない自分に――彼女の変わらないかかわりに、かえって気持ちが落ちてしまう。落ちていくのを、感じていた。
「教えるのって、難しいですよね。なんだか、私のほうが沈んでいます」
そうして何気なくつぶやいてしまった言葉に はっとしたときには、
「いやいや、なんでですか!」
そう、明るく、返してくれた。
それがあまりに自然だったから、今度は私が ぽかん としてしまう。そうして、そのうち心に何か、温かいものがにじんでくるのを、たしかに、感じていた。
あぁ、本当、やっぱり、私は、愚か者だな。
私が礼を言うと、同じように彼女は礼を言って、互いに笑みがこぼれた。
そうして、部屋を後にすると、また甘えてしまったな、という気持ちが胸に湧いてきて、鼓動と共に流れていく言葉が、全身を駆け巡っていた。
こうして少しでも、どんな些細なことでも、想いを伝えられることに、それを自然に、明るく返してくれることに、改めて感謝をし、感謝を胸に抱き、空気に纏わせるように、口にしてみた。
いつも、ありがとうございます。 何か少しでも、感じるものがありましたら幸いです。