高校の正式な授業課目でeスポーツを活用している事例(2018年、米国カリフォルニア州)
こんにちは、NASEF(North America Scholastic Federation/北米教育eスポーツ連盟、以下NASEF)日本支部です。
今回は、前回の記事でお話した「eスポーツを通じて学生に成長を」というビジョンの具体例として、NASEF設立間もない時期(2018年5月30日)にスタートした取り組みを紹介してみたいと思います。
NASEF加盟校は、現在でこそ北米数百校を数えるまでに増加していますが、当初は当然ながら「地元に特化した」取り組みでした。今回紹介するのは、その当時カリフォルニア州オレンジカウンティー(ロサンゼルスにほど近い郡のひとつ)にある15の高校で導入された「eスポーツを題材とした英語(日本で言うところの国語)学習コース」についてです。
※ロサンゼルスのほど近くにある「オレンジカウンティ(オレンジ郡)」。
ここには「Interest-driven learning」(直訳的には興味駆動学習、噛み砕くと関心分野だからこそ生じる能動的な姿勢が生み出す学び)とeスポーツの相性の良さ、そして教育分野におけるeスポーツの可能性が見えるのではないかと思います。
本カリキュラムでは以下のような理由からeスポーツを採用しています。
* 急成長を遂げるeスポーツ分野には教材となる要素(物語性、登場人物など)が豊富に揃っている
* クリティカルシンキング(感情に左右されず客観的に判断する思考法)や社会における倫理観、協調性、プレゼンテーションスキルなどビジネスで重要視されるスキルを同時に育むことができる
成果のほどは
実際に、このカリキュラムはしっかりと成果を出すことができました。これについては実施地域であるオレンジカウンティーの教育省長Al Mijares博士(当時)も「生徒の積極性向上という点で予想以上の成果が出た」、「それまで学校に馴染めていなかった生徒たちもまた積極性が上がった。このコースは彼らに共同作業やコミュニケーションを促し、自校に対する誇りを育む環境となったようだ」とコメントしています。
本コースを振り返り、Samueli Foundationの事務局長Gerald Solomonも「子供と共に過ごしている人なら日々感じている通り、eスポーツやゲームに情熱を持って取り組んでいる若者は増え続けている。それならば、その情熱を彼らが将来活かせるスキルの習得につながるよう活かすべきではないか」と述べた上で、「eスポーツを教育や学習に組み込むことを恐れるべきではない」、「学生たちの”居場所”に赴き、彼らの興味関心を掴めるチャンスは、そうそうあるものではない」、「学生と教師が協力しながらリーグ戦やコースの授業に取り組む姿勢に大きな可能性を感じ、これは新しい”学び”の姿になると確信した」と続けています。
カリキュラム構築の意図
なお、このカリキュラムはオレンジカウンティ教育委員会がカリフォルニア大学アーバイン校の研究者らと協力して設計された総合英語課程として教育に活用されているのですが、その骨子は「国語(ELA)という課目」以外に「現実世界(社会)に関する学び」を提供することにあります。つまり、ゲームを題材とした「国語」(母国語の読解力など)の授業をしつつ、eスポーツジャーナリズム、コンテンツクリエイター(動画制作など)、事業開発やマーケティングなどの実社会やeスポーツ産業の「職業」的要素も組み込んでいます。
また内容は「Interest-Driven Learning」(直訳すると「興味駆動学習」、生徒が自らの興味を追う過程で学ぶことで、自発的な調査や学習を促す手法)を強く意識したものになっているのですが、これに踏み切れたのは当時米国で頻繁にゲームを遊ぶ若年層が97%にものぼり、eスポーツが「若年層が興味を寄せる対象」として最大級の存在であったためです。
2018年のeスポーツシーンといえば、各種eスポーツタイトルのリーグがフランチャイズ化(大規模資本投入を伴うチーム固定の常設リーグ化)しはじめたところ。その社会的インパクトの大きさも成長途上にあった段階です。この時点でコースを正式導入していたのは、「子どもたちがいる場所へ会いに行く」というコンセプトを体現したものだったと言えるでしょう。なお、このコースはNASEFの提供するカリキュラムの一部であり、現在は小学校/中学校向けの短期プログラムを含めた多様なプログラムが揃っています。
これは筆者の個人的な見解ですが、こういった取り組みは「授業で扱った名作小説/映画の感想文を書く」、「部活動の大会で学校の名前を背負い、自分が打ち込んできた活動で全力を尽くす」といった「従来の学校のすがた」の延長線上にある活動である上、対象(この場合eスポーツ)に熱中している生徒の母数が多く、身体能力による差が出にくい(アクセシビリティーが高い)という利点があります。あとは大人側(教育者含む)がそこに価値を見いだすかどうかという問題だけでしょう。
eスポーツ「の」学習ではなく、“eスポーツ「で」学習を”
なお、よく誤解されやすい点があるので蛇足を承知で補足しておくと、NASEFではこうした「カリキュラム」も「クラブ活動」や「分野別の実習」も「eスポーツを職業にするため」ではなく、「人間的成長を促し、自分のキャリアを考える上での視野を広げ、21世紀を行きていく上で汎用性の高いスキルを高める」ことを目指して作成しています。
たとえば今回紹介したコースは「英語課程」のものでしたが、他のカリキュラムでは「ストラテジスト」系の授業としてデータ分析の手法も扱っていますし、総合カリキュラム修了後の調査(数千人規模)では「対人関係能力育成」の分野が最も伸びていたという成果も出ています。
今最も若年層が楽しんでいるものを題材にして、子どもたちの能力を総合的に伸ばしていく、そのためのツールとしてeスポーツを使う。この目標を実現するためにeスポーツが持つ教育的要素を洗い出し、教育カリキュラムとして編成していく。私たちの活動は、最終的にこの一点に集約されると言ってよいでしょう。
日本でも同様のビジョンのもと、北米で培ったノウハウをしっかりと活用して精力的に活動していきたいと考えておりますので、ぜひ応援よろしくお願いいたします。
それではまた、次回の記事でお会いしましょう。
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北米教育eスポーツ連盟(略称NASEF)は、教育を受け、想像力に富み共感力のある人材を育て、すべての生徒が社会におけるゲームチェンジャー(改革者)になるための知識やスキルを身に着けるために取り組む教育団体です。