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競技ゲーマーはゲームから何を学ぶ?<後編>

こんにちは、NASEF(North America Scholastic Federation/北米教育eスポーツ連盟、以下NASEF)日本本部です。初めましての方はこちらをご覧ください。

前回の「競技ゲーマーはゲームから何を学ぶ?」が1回に収まりきらなかったので、今回は後編をお届けします。

記事で目指すことは前回と同様、「ゲームをプレイしない方に知ってほしい、有用な前提情報を整理・提供」することです。今回の特集が「いやいや、ゲームは遊びでしょ?」という議論を先へ進めていく助けとなることを願っています。

テーマは「数字」。さっそく見ていきましょう!
(本記事は前編を読了されていることを前提に書いています。読みすすめる前にぜひご一読ください)

前提

前回の繰り返しになりますが、競技性の高いeスポーツゲームであっても、なんとなくプレイしている場合(真剣にプレイしない場合)は数字に関する「学び」もあまり多くありません。これはレクリエーションとして身体的スポーツを遊んでも高度な戦略が身につかないのと同様です。

真剣に取り組む場合、すべての活動には目的(勝負ならばより多くの勝利)が生じます。目標があり、目標達成のために試行錯誤があり、学びが生まれる。この点を押さえないとeスポーツ部の部室は単なるレクリエーションルームになります。

一方、eスポーツを競技的にプレイする場合、数字は避けて通れません。以下では再びリーグ・オブ・レジェンドを題材にし、登場する数字の概要を示し、続いて具体例をいくつか挙げてみます。

資源(ゴールド)の最大効率

リアルタイム戦略ゲームを祖先とする「リーグ・オブ・レジェンド」ではゲーム内で獲得できる資源(リソース;本作ならば主にゴールドや経験値)がとても重要です。ゴールドとは、主にゲーム内でキャラクターを強化する際に用いる通貨です。具体的には、集めたゴールドでアイテムを購入することで戦闘能力を上げます(攻撃力/防御力/その他特殊効果などが獲得できる)。もうひとつの経験値は「レベル上げ」に必要なもので、レベルが上がるとキャラクターは強くなります。

レベルは経験値を貯めれば自動的に上がりますが、ゴールドの使いみち(=アイテムの購入)は自分で何を強くするか選択する行為です。このため、最も費用対効果が高いアイテムを選ぶことが勝敗に大きく影響します。

まず実例として「物理防御」の計算式を見てみましょう。これは敵からの物理的な攻撃(本作には主に物理的・魔法的な攻撃があります)を軽減度を示す数値です。

資源(ゴールド)の最大効率:物理防御力

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(翻訳版、原典:STEM Skills in Gaming and Esports

これはリーグ・オブ・レジェンドにおける「受けるダメージの軽減率(いわゆる防御力)計算式」です。

プレイヤーが敵から物理ダメージを受けると、この式の軽減率を適用した数値がダメージとなり、その分だけ体力が減少します。

計算自体は難しくなく、四則演算ができれば問題なく解けます。しかしこれは「1回計算して終わり」の練習問題ではありません。プレイヤーはこの式を把握した上で、敵・味方キャラクターの特徴を考慮し、現在と未来の数値を予測し(複数の計算式をグラフ(線)で理解し)、「自分が最適な数値と判断した成果」が出るように考えを巡らせます。

ダメージ軽減率はグラフ化すると以下のようになります。

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このため、プレイヤーの総合的な耐久力は体力と防御力のバランスが取れている状態で最大化されます(防御力が高くても体力が少ないと耐久力は低くなる)。

プレイヤーはこのように、(しばしば他のパラメータが相互作用する)複数の計算式を意識しつつ、最善手を模索し続けます。

ちなみにこの計算式は一定の経験を積んだリーグ・オブ・レジェンドプレイヤーのほぼ全員(プレイヤーとしての腕前はお粗末な筆者ですら)が把握しており、防御値は100を超えると費用対効果が下がっていき、極端なケースを除けば200以上はほぼゴールドの無駄になることを理解しています。

資源(ゴールド)の最大効率:魔力

次に攻撃力を見てみましょう。ここではダメージ計算に関係するパラメーターのひとつ「魔力」を見てみます。
魔力は主に、各キャラクターが成長するにつれて獲得するスキル(必殺技のようなものです)のダメージ計算で使用されます。

多くのスキルのダメージは
基本ダメージ + (魔力 x スキル固有の%割合)
で計算されます。以下、箇条書きで要点をまとめてみます。

基本ダメージは固定
魔力はアイテムで上昇させられる
スキル固有の%割合はキャラクター/スキルによって異なる

→スキルの基本ダメージが高く%割合が低い場合はアイテムがなくても強い(序盤に強い)がアイテムが揃う後半に失速する
→基本ダメージが低く%割合が高い場合は 序盤はダメージが出せない代わりにアイテムが揃うほど強くなる

競技ゲーマーは各キャラクター(と各種パラメータ)を理解した上で、プレイスタイルや購入アイテムを変えていきます。

キャラクターの強さを示すパラメータは他にも複数ありますが、いずれも何らかの計算式を用いて算出されます。リーグ・オブ・レジェンドのステータスと計算式については有志プレイヤーが更新・運営しているWebサイトが詳しいのでそちらをご覧ください。

競技ゲーマーは「この試合では、キャラクターAでアイテムBを購入する。なぜならばアイテムBの性能Cは敵キャラクターDを撃破する上で最も効果的であり、Dを撃破できれば勝算が高くなるからである」のように複数の計算式を(ほぼ無意識に)踏まえて総合的に判断を下します。

しかし次のような疑問を抱く方もいらっしゃるでしょう。

「そういう計算は上級者が解くので、ネットで探せば見つかるのではないか?」

これはある程度まで当たっています。多くの上級者がインターネット上のテキストや動画などで自身の「解釈」を共有していますし、多くのプレイヤーはそれを参考にしています。

しかし本作にはキャラクターは150体以上、アイテムはそれ以上の数が存在しているため、その組み合わせは膨大な数になります(各キャラクターが持てるアイテムの最大数は6個)。このため「上級者Aが弱いと判断したキャラクターBは、実はアイテムCと組み合わせると非常に強いのではないか?」や「この状況ならば普段とは別のアイテムを購入したほうが有効ではないか?」という理論構築は、程度の差こそあれ競技ゲーマーであれば誰もが行っているといっていいでしょう。

とはいえ本作はプレイヤー数が膨大であるため、数週間も試行錯誤を続けると「答え」は次第に固まってきます。そうすると使用されるキャラクターやアイテムも固定化していきます。しかし本作は2週間に一度「パッチ」と呼ばれるゲーム調整が入るため、プレイヤーは再び新しい「問題」に向き合うことになります。

まとめ:

●競技ゲーマーはキャラクターやアイテムの性能パラメーターを個別の計算式に当てはめて評価する
●ルール・キャラクター・アイテムの強さは2週間毎に少しずつ変わる(パッチ)
●そのたびに各自が数値を分析・評価し、最適解を模索する

こういった数値や特徴の解釈の総合的評価は「ゲーム理解」とも呼ばれます。次項ではこれを紹介してみましょう。

ゲーム理解

まず誤解を防ぐために申し上げておきますが、多くのプレイヤーはだいたいの感覚で各種数値の有効性を把握しているため、純粋にプレイの腕前を上げることで強くなる余地も大いにあります。スポーツでも同様ですが、ある程度のレベルまではフィジカルで勝つことができるわけです。ゲームを深く理解していても腕前が伴わなければ勝てないところは身体的スポーツと同様です。

とはいえ競技ゲーマーは誰もが猛練習しており、「ある程度までフィジカルが強い」ことは前提条件です。その上で伸びしろを求めると、「ゲーム理解」がモノを言うようになります。

実際、プロゲーミングチームには「アナリスト」と呼ばれる職種があります。キャラクター、アイテム、ルールなどの数値を分析し、強さを解明することを仕事としています。フルタイムの人材が必要になるほど(時には勝敗を左右するほど)他者に先駆けて最適解を導き出すことの優位が大きいからです。

ゲーム理解とは、ビジネスとして競技ゲーミングチームを運営する大人・経営者が人を雇用するレベルで複雑なことだということは強調に値するでしょう。

「この間までは前衛がどれだけ耐えられるかが勝負を分けていたが、今日からはどれだけ火力が出せるかが重要」といった変化も定期的に生じるため、正確なゲーム理解は強いチームに欠かせないものです。リーグ・オブ・レジェンドの世界大会でもここを読み違えた強豪が敗退する事例があったほどです。

また「ゲーム理解」は、全員で共有していないと意味がありません。
5人でプレイするチームスポーツで、各自の行動指針となる部分が揃っていなければ意味がないからです(プロゲーミングチームでも時折問題になることがあります)。もちろん各人の意見は尊重されるべきなので、ひとつの解釈を押し付けるのではなく議論する必要があります。この点は「議論の環境が揃っていれば」次のような効能があるでしょう。

●データに基づいて論理的に自説を主張する能力
●異なる意見を持つ他者と正しく議論する能力
●同じビジョンを共有して共同作業することの強さを理解する

データに基づいて他者に持論を説明し、共通認識の確立を目指すわけです。大変科学的です。もちろんこの部分も、「野放し」であれば単なる口論になってしまいます。学びの機会として活用するのであれば、大人の介入、そして議論のルールが必要です。

大人側で腕前を上げる指導をするのは難しい場合が多いでしょうから、ゲームに詳しくない大人が関与できる現実的な領域は、この「ゲーム理解」に関する環境づくりと、チームワークの向上の2点になるでしょう。

まとめ:

●パッチによりゲームが変化し続けるため、競技プレイヤーは多数のデータ(数値)を計算・評価し続ける
●データの計算・評価を「前提」に仮説構築・検証を重ねた結果がゲーム理解
●ゲーム理解には、現実世界の経営者が人を雇用するレベルの複雑さがある
●ゲーム理解はチーム内で揃える必要があり、その過程では論理的な議論が必要
●競技プレイヤーは共通認識に基づいてチームで活動する経験が積める

さいごに

以上、簡単ではありますが競技ゲーミングと数字の関係について一部に例を交えつつまとめてみました。

当たり前の話ですが、上に挙げた計算式や判断力は、当然ながら現実生活で「直接的」に流用できるものではありません。苦手意識克服のような効果は見込めるかもしれませんが、数学テストの点数に直接影響することはあまりないでしょう。

しかしSTEM教育の目的は数学が得意な学生を生み出すことではなく、学生のクリティカルシンキング能力/問題解決能力を高め、次世代のイノベーション人材を生み出すことです。

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新学習指導要領の趣旨の実現とSTEAM教育について (文部科学省、PDF ページ10)

このスライドで示されているプロセスは、適切な環境さえ用意できれば学内eスポーツ活動で実現「しうる」ものです。

「eスポーツでは○○という要素が学べない」という指摘が完全に消えることはないでしょう。しかし学生が興味関心を示し、自発的に打ち込みたいと願う分野で本記事で挙げたような(数値に基づく仮説立てと検証を含む)学びを得られるのだとしたら、「そうしない理由」も見つからないのではないか、と筆者は考えます。

子どもたちの居場所で向き合う(NASEFの理念、原文:Meeting Kids where they are)ほうが、何かを押し付けるよりもずっと有効なはずですから。

以上、お読みいただきありがとうございました。
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北米教育eスポーツ連盟(略称NASEF)は、教育を受け、想像力に富み共感力のある人材を育て、すべての生徒が社会におけるゲームチェンジャー(改革者)になるための知識やスキルを身に着けるために取り組む教育団体です。