「勝つこと」よりも大事なこと。
うちの少年野球チームは、古い。
高齢の監督は、毎回グラウンドにはいるけれど、座って罵声を浴びせるばかりで、指導らしい指導はしておらず、四十代のコーチ三人が、直接ノックなどの指導をしてくれている。監督は、試合のときもベンチには入らないが、試合のオーダーだけは監督が必ず書く。采配をするコーチは、それを渡されて試合をする。コーチは試合前に初めて今日のオーダーを知る。
監督は、お気に入りの子へのひいきが著しい。
キャプテンの子は、勝ち気で、ずるくて、上手くいかないとすぐふて腐れる。監督の昔っからの大のお気に入り。「あのぐらいでないといかん」と、いつもその子と、その子を買ってきた自分を正当化してきた。一方、うちの子は真逆の性格で、監督の、その正当化の材料として扱われ、出来るだけ認めずにここまできた。試合でも途中で下ろしたり、打順を下げられたりしてきた。監督以外のコーチたちは、息子を四年生ぐらいからエースとして扱ったが、監督だけは、出来るだけ他の子にピッチャーをさせたがった。
それでも、力をつけてきた息子は、認めざるを得ないほど活躍するようになり、五年生になる頃には打順は三番を変わることは無くなり、ポジションもピッチャーで出ることが増えた。
六年生になると、その存在感は、より大きくなり、監督もコーチに「今日のピッチャーどうする?」と聞くものの、他のピッチャーを無理やり立てることは無くなっていった。
日曜日は、残りわずかとなった公式戦。
リーグ戦も大詰め。全勝同士の対決。これに勝った方がブロック優勝を手中におさめる大事な試合。
朝の最低気温は6℃と冷え込んだが、試合が始まる午後にはだいぶ気温が上がってきた。
試合前、ピッチャー練習をする息子。調子は良さそうだ。
さぁ、大事な試合。
監督は相変わらず、ベンチには入らず、遠目から眺めている。
選手たちは、ベンチ前に集合。コーチがスターティングメンバーを発表する。
「あれ?」
コーチが少し戸惑う。「ピッチャー」で呼ばれたのはキャプテン。「キャッチャー」で呼ばれたのは息子だった。
やりよった。
まさか、ここで覆してくるとは。
キャプテンの球は、去年ぐらいまでは何とか通用していたが、最近は、よく打たれる。
「でも、今日はどうか分からないし、危なくなったらコーチがすぐにピッチャーを交代させるだろう」私はそう思いながら、ひとまず腰を下ろした。
初回から打たれ、先制点を許す。
二回終わって、0-1と1点ビハインド。
三回、キャプテンは連打を浴び、ランナーを二人置いたところで、まさかのホームランを浴びる。
0-4
ピッチャー交代。
息子が、マウンドに上がる。
1点奪われるも、相手の流れを何とか断ち切った。
0-5
その裏、1点返して1-5。だが試合は終盤に差し掛かりなんとなく敗戦ムード。
相手の攻撃は息子がシャットアウトし、反撃を待つ。
攻めあぐねていた相手ピッチャーのコントロールが乱れ始め、フォアボールで二人のランナーを出したところで、息子に回ってきた。
初球。
スリーランホームラン。
反撃はそこまで。惜しくも4-5で敗れた。
「勝ちたかったよね」「なんで初めからピッチャーさせなかったんだろうね」「監督には勝ちより大事なものがあるんだろうね」親たちからそんな言葉が聞こえる。
もちろん、息子が先発していても結果は同じだったかもしれない。でも、コーチでも驚くようなオーダーを書いた監督への不信感が浮き彫りになる試合になった。
息子は、投打ともに、さらに存在感を示す形にはなったが、なんとも後味の悪い一日となった。
今週末は、いよいよ「最後の大会」の一回戦。予想最低気温は、3℃。
最後の大会は、みんなが笑顔で終われることを願って止まない。