なさじ
なさじ課長の組織論、リーダーシップ論、働き方についての考えをここに綴ります。
高校二年生の長男と中一次男の野球に一喜一憂するなさじの話。
家族と住む札幌から、まさかの単身赴任。期限?ありません。どうして、幸せなこの家族が離れ離れにならなければいけないのでしょうか。きっと意味はあるのでしょうね。なさじ家にとっての第二章が始まりました。
頚椎の手術で入院。半月の予定が、手術の後遺症で左腕が上がらない事態に。入院は二ヶ月半に延び、リハビリは継続中。回復までの道のりを綴ります!
片頭痛のたびにnote投稿していることに気づいたので、自分のためにマガジンにまとめて記録を辿れるようにしました。
父も母も亡くなりました。 父は三年前、母は一年前でした。 そういえば、去年母が亡くなったときも、今日のように残雪が一気に無くなっていくような、ぽかぽかと春に向かうような日和でした。 不思議なものです。父と母が亡くなったことを寂しいと思うことは減りました。年に数回帰省する程度だったけどまだ生きていたあのときよりも、不思議と今の方が近くにいるような感覚があります。 亡くなったとき、父は68歳、母は72歳でした。まだまだよぼよぼのおじいさんおばあさんという感じは無くて、私の
木曜日、妻が東京に来ることになりました。 土曜日に長男が通う東京の専門学校で保護者面談があるため。うちに2泊。受験生の次男一人お留守番ですが、それも良い気分転換になりそうな気がします。 金曜日は休みを取りました。妻と二人、鎌倉のバスツアーを申し込んでみました。
東京に戻ってきました。 先週土曜から8泊。平日は札幌の現場に出社して、有休は使わず。長く滞在できて、有休も減らず。良い働き方、帰り方を確立できた2024年でした。 次男はどうしても入りたい高校があって、でも今の成績では厳しい状況。そのレベルに達するようにと勉強頑張っていました。
今日の飛行機は早くて。 羽田発、7時30分。 札幌に帰省します。 保険で掛けていた4:08のアラームで起きました。危ない。危ない。急いで身支度して、4:50に出発。 東京で、単身赴任で、仕事まみれで。 まぁ、でも睡眠だけはしっかり取っていて、7時間以上は寝ています。でも、精神的にはずっとヘトヘトで。 月一回の帰省は、それを癒す定期メンテナンスのような感じです。 中3次男がね。昨日、学校で合唱コンクールがあって、指揮者で、クラスが優勝したんですって🤩 抱きしめて、頭
いつも読んでいただきありがとうございます。なさじです。 10月21日で、noteを始めて丸六年になりました。2018年10月21日、アカウント登録をして、すぐに一つ投稿をした、あの瞬間から、まさか六年もの月日が流れたとは。なんだかタイムマシンでビュンと来たような不思議な感覚にもなります。 この六年、色んなことがありました。 noteを始めた2018年10月は、首の手術で入院する直前でした。はじめは、入院中の思いを綴りながら、手術、再手術の苦しみや、後遺症で左腕が動かなく
火曜日に東京へ戻ってきました。 帰省中は、非常に食べらさって(北海道弁ですね)、毎度増量して戻ってきます。ただ今回は、妻が用意してくれた食事は、ものすごい野菜の量で。「こっちにいるうちに野菜食べさせなくちゃ」という強い意志が感じられました。あ、でもしっかり増量はしてきました。
いよいよ明日、家に帰ります。 期末期初で作業量が多い上に、人の出入りも激しくて、さらには、メンタル不調のメンバーもちらほら出てきたりして、走り回っています。 課長なのに、配下メンバーは70人を超えました。課長がみる人数ではないのでは?と思います。さらには、東京だけじゃなく、千葉や神奈川や、札幌にも現場があり、全部で11ものプロジェクトの上司です。 部長あたりから「あそこどうなってる?」って問い合わせがくると 「うっせーな」 って心の中で、つぶやきながら答えます。
単身赴任先の東京で、一人で誕生日を迎えました。10月1日で51歳。月初で、期初で、慌ただしさ満載の中、ボロボロで遅くに帰って、駅前の餃子の王将に入りました。極王炒飯と餃子とビール。まさかこんな誕生日を迎える日が来るとは夢にも思いませんでした。面白いものですね。面白いものです。
毎月帰れてはいるものの、仕事が忙しすぎて、帰省が遅れ遅れになっています。最初は、昨日帰るはずだったんですよ。でも延期延期で10/10に変更。やっぱり家族に会わないと元気が持ちませんね。昨日今日の土日は、なんだかどんよりしちゃって。それを思い知っています。
中3次男が一人で東京に遊びにきました。初めての単独飛行機。緊張したようですが難なくやってきて翌日には一人で原宿や渋谷をぶらぶら。土曜日はお兄ちゃんとも合流し上野動物園や新宿をぶらぶら。私は仕事がトラブってなかなか一緒に行動できず。でも寝食を共にするのは一人とは大違いで格別でした。
木曜日、中3次男の運動会を観戦した。 お兄ちゃんが小学校一年生だった年から数えて、13回の運動会を味わったことになる。 なぜか運動能力が高い息子たちには、毎年毎年、大活躍を見せてもらい、本当に楽しませてもらった。 途中、コロナの影響で縮小開催になったりもしたが、それまでは騎馬戦もあり、お兄ちゃんが六年生のときには、大将になって、相手チームの帽子を取りまくり、最後は大将同士の一騎打ちで、見事勝って、熱狂した妻が「あ、あの子のお母さんなのね」って注目を浴びたのは昨日のことの
あっという間でした。札幌滞在。 戻ってきました。東京。 妻と長男が、車で新千歳空港まで送ってくれました。三人で空港内に入り、私が保安検査場の中へ入っていき、私の姿が見えなくなるまで二人は手を振ってくれました。 長男は、夏休みを丸ごと帰省していて、明後日東京に戻ります。 受験生の中3次男は、木曜日に学力テストがあって、その夜の飛行機で、初めての東京ひとり旅。私のアパートに遊びにきます。 妻は、一日おきに新千歳空港へお見送りをして、家からは一日おきに減っていきます。日に
日曜日に札幌での夏休みから東京へ戻ってきて一週間。怒涛の日々を過ごして、疲労困憊で迎えた土曜日日曜日。昨日の月曜日は月初の特別作業もあって、さらには新しくプロジェクトに参画する方の迎え入れもあって。そんな中、千葉のプロジェクトで入館証を紛失するというセキュリティインシデントが発生って連絡が入ったりして。作業の合間で本人からヒヤリングして、上司に報告して、を繰り返しながら報告書の作成。集まり過ぎじゃないですか?私に。仕事たち。なさじ課長にばっかり。べったり。仕事たち。おかげで、
みんなに聞いてもらいたいけど、書けないことばかり。仕事の話。からまってて、期限があって、それぞれの思惑がある中で、ほどいて、こっちもあっちも思惑通りに着地させる仕事。 例えば、プロジェクト同士のトレードの話。こちら側でプロジェクトから抜く話が難航して、お客様も怒り気味で。でも、何とかそこを解決。と、思ったら、トレードするあっち側を抜けないかも、だってさ。 疲れた。とりあえずやり遂げた金曜日の夜。気圧の変化か、頭痛頭痛。 土日、とりあえずのんびりします。
新千歳空港から東京に帰るところ。 単身赴任が始まって間もなくは、『帰る』は札幌であり、東京は『戻る』なのだ、などと使う言葉を神経質にこだわっていた。 でも、今は、単身赴任から一年が過ぎて、そんなこだわりは、もう無くなった。 私も、家族も、この生活に慣れた。 妻は、「東京に帰っても野菜とるのよ」なんて言うし、私も「帰りたくないけど、帰っても頑張るよ」なんて言う。 どんな言葉を使おうとも、揺るがないものが出来上がったのだと思う。 さぁ、また忙しいあの場所へ帰ろう。
車を買い換えまして、私が帰省する前の日に新しい車が納車されました。 土曜日、私が新千歳空港に着いたら、妻と、先に帰省していた長男が新しい車で迎えに来てくれていました。 日曜日と月曜日は暇なお兄ちゃんと新しい車でドライブの日々。妻は仕事で、次男は野球で。 で、昨日今日と、やっと家族4人の都合が合ったので、札幌から、道央富良野や美瑛を通って十勝方面へ車を走らせ、温泉で一泊して帰ってきました。 運転手が3人もいて、道の駅に寄り寄り、その度運転手も交代交代で、その度席替えで楽