見出し画像

校長室通信HAPPINESS ~失敗の権利

道徳教材が教えてくれた「人材育成」の極意

 6年生の教室に道徳の授業を観に行きました。そのときに扱っていた物語のあらすじです。


 「すんまへん」でいい
 13歳の定やんは、京都の一流日本料理店で出前持ちとして働いていました。ある日定やんは、おやじさんから堀川の日本画家の家まで器を下げに行くように言われました。日本画家の家に届けた料理ですから、器も店で使っているいちばん上等なもの。おやじさんからは自転車で転んで割ったりすると大変だから、電車で行くように言われました。言われたとおりに定やんは電車で器を取りに行きました。その帰り、電車の中で大好きな本を読もうと、定やんは器を隣の座席に置きました。すると電車が大きく揺れて器が床に落ち、こなごなに割れてしまいました。「割れちゃ困るから電車で行け」と言われたのに、自分のうっかりで上等な器を割ってしまった定やんは、「いったいどうやっておやじさんにお詫びしたらいいんだろう」と思い、なかなかお店に入れずにいました。それでも「あやまるしかない」と決意した定やんは、「すんまへん。器を割ってしまいました。お給金から代金を弁償させてください。」とおやじさんに頭を下げました。するとおやじさんは「お前の給金ぐらいで弁償できる額じゃない」と言ったあと、厳しい口調で定やんにこう言いました。「ええか、定やん。失敗したときは、心からすんませんとあやまることや。そのほうがどんなにかええ。」怒鳴られても当然だと思っていた定やん、ところがそうではなかったのです。それだけに、おやじさんの心に胸がいっぱいになりました……。 

 道徳の時間ですから、子どもたちが定やんの行動から「生きていく上で大切なこと」を、この物語から学ぶことがねらいです。でも一方で、「おやじさん」の視点でこの物語を見てみると、教師、親、指導者、上司など、人を育てる立場の人たちがぜひ知っておきたい、「人材育成の極意」が見えてきます。

成功の前提に「失敗を繰り返すこと」がある!

 一般的にアメリカの親は、冷や冷やするくらい子どもを自由に遊ばせます。これはアメリカ人の「成功するにはその前提として、失敗が不可欠である」と考えに基づいています。一方、日本の親は子どもにできるだけ失敗させないようにする傾向があります。それは、「子どもに辛い思いをさせたくない」「子どもに恥をかかせたくない」という想いを優先させるためです。それはそれで子どもを大切にする日本人の良さですが、大人になるとそれが決定的な差になってしまう心配もあります。
 例えば、日本は会社を倒産させた経営者が表舞台に復帰するのがとても難しい国だと言われています。半面アメリカでは、倒産させてしまったこと自体がかけがえのない経験として扱われることが多いので、見事な復活を成し遂げやすいのです。また日本では、幼児期から社会に出るまで、親に守られながら大きな失敗もせず、ストレートに一流街道をひた走ってきた人が、社会人になってつまずいたとき、自分で立ち直れず、ニートや引きこもり等、人生を踏み外してしまうケースも少なくありません。
 コーチング理論に詳しい鈴木義幸氏は、著書の中で「人材育成という場面では、相手に『失敗する権利』をもっと与えていい」と言います。う~ん、耳が痛い…。自分が親だった時を思い出すと、やっぱり子どもが失敗しないようにお膳立てをしてきた気がします。雨が降りそうだと「傘を持っていきなさい」。朝もたもたしていれば、「早くしないと学校に遅れるよ」「宿題やった?」「忘れ物はない?」…本当は、親が力を注がなければいけないのは、「失敗させない」ことじゃなくて、「失敗した時にどうするか」を教えてあげることなんですよね。おやじさんが定やんに言った言葉そのものです。「失敗したときは、心からすんませんとあやまることや」…。
 傘を持っていかないでずぶぬれになればいい。忘れ物をして先生に叱られればいい。遅刻して恥をかけばいい。友だちとけんかして、泣かされながら強くなっていけばいい…そうやって子どもたちに「失敗の権利」を大人がちゃんと与えてあげること、それが人を育てる上でいちばん大切なのかもしれません。そしてそれが、子どもの「自発性」を生み出すことに結びつくのです。
                      
  ※ 参考文献 「コーチングが人を活かす」 鈴木義幸 Discover

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?