「和やかさを心がける」接人則渾是一団和気

人に接しては則ち渾てこれ一団の和気
―接人則渾是一団和気―

[原文](近思録)
明道先生坐如泥塑人、接人則渾是一団和気。

[書き下し文]
明道先生坐しては泥塑人(でいそじん)の如し、人に接しては則ち渾(すべ)てこれ一団の和気。

[原文の語訳]
(宋の)程明道先生は土で作った人形のようで、人と接する時は、一身が一つの和気で満ちている。

[解釈]
「和気」とは和やかな気分、人に好かれる温かさのこと。これが自然と内面からにじみ出ている人になりたいものです。

一見すると木鶏と相反するようにも受け止められますが、おそらく内に秘めるものは同じでも、その時々の状況に応じて表れてくる気が違うということでしょうか。

泥塑人のように坐るということは、座って心身を静める瞑想法である「静坐」であると考えると、こうでありながら周りと接するときは和気で満ちている人、自分は僧侶をイメージしました。

できる人は会議中は基本、静かに押し黙って聞き入り、求められると皆が受け入れられるような潤沢した意見を提言できるのです。

寛大で心和やかな人は周囲も穏やかにしてくれます。せかせかしていては周囲も引きずられてしまいます。せめて和やかさを心がけたいものです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?