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【フードエッセイ】 どろどろのカレー


小さい頃の母親の意見は、絶対に正しいと思っていた。
特に厳しく育てられた訳ではない。
自我のない小さい頃の私にとっては、母親の意見が絶対に正しいのだと思い込んでいた。
今思えば母親に育てられているのだから、そう思ってしまうのは自然なことなのかもしれない。

両親の関係も良好で、休日は二人で近所のスーパーへ買い物へ出掛けるくらい仲が良い。朝起きると既に二人で出かけていた、なんてことも。
おそらく2人の「好き」度合いは同じくらいなのだろうな、と子供ながらに思っていた。

しかし、私には一つ気になる事があった。

母親が、自分の意見は正しいと主張し、異なる意見を受け入れないところだ。
異なる意見を虫ケラを見るような目と言葉で突き返される。
子供ながらに、それがとても居心地が悪かったのを覚えている。

よく、「これとこれ、どっちが美味しいと思う?」と質問された。
私からすると、母親の価値観と一緒なのかどうかを審査されている気分だった。
もう美味しいのか、美味しくないのかはわからなかった。
それよりも、『母親が美味しいと思うのはどちらなのか』を考えるようになっていた。
散々考えた挙句、「こっち」と答えて母親の意見と違っていたらなじられる。弟は何故かあまり考えていないのに母親の意見と合う事が多く、ずるいなぁと思っていた。

この、母親が美味しいと思う価値観と正反対だったのが父親だ。
母親が塩ラーメンが好きなのに対し、父親は味噌ラーメン。
母はパン派、父はご飯派。
母はうどん派、父は蕎麦派。
母がよく買っている昆布出汁の麺つゆの買い物を頼まれたのに、父は鰹出汁の麺つゆを素知らぬ顔で買ってきて、信じられない位怒られていた。

そして、カレー。
母は野菜の形が残る、ごろごろしたカレーが好き。こくまろの中辛。料理をするのは母だったので、長年疑いもせずこのカレーを美味しいと思って食べていた。
しかしある日、父が「カレーを作る!」と言い出した。ふと嫌な予感がした。母も同じく眉を吊り上げて怪訝な顔をしていた。
嫌な予感は当たるもので、完成したカレーは野菜が見る影もなくどろどろに煮込まれたカレーだった。
母の好きなカレーとは正反対のカレー。案の定非難の猛追を受ける父。
しかし、それをもろともしないで「美味しいだろ」と言って食べ続ける父に強さを感じた。少し尊敬すらした。私だったら、作ったものをあんなにけちょんけちょんに非難されたら落ち込んでしまう。
でももしかしたら、母の好きなカレーと正反対のカレーを作るだなんて、父のささやかな攻撃だったのかもしれない。

正直私も母の作るカレーを食べ慣れていたので、父の作ったどろどろのカレーは異質に感じ、その時はあまり美味しいと思わなかった。

実家から離れて、一人暮らしをして7年。
カレーを作る時は、やはりこくまろの中辛を手にして野菜ごろごろのカレーを作っていた。これが好きなんだと。
しかし最近、どっろどろに煮込まれたカレーが食べたくなった。
カレーのルーはバーモントカレーに変えて、野菜の形がなくなるまで煮込んでみる。
「美味しい!!!」
手が止まらなかった。

なぁんだ、ごろごろカレーも、どろどろカレーも美味しいじゃん!
どろどろカレーが食べたい気分の時も、あるんだなぁ。

かと思えば、友人は玉ねぎだけのカレーソースを作っておいて、その時々でチキンを入れたり、挽肉を入れてキーマカレーにしたりと気分によって具を変えるらしい。
なんだ、その私が思いつかない高度な発想は!!

カレー、いろいろ。
人の好み、いろいろ。

一つ思うのは、一人暮らしをして、いろんなカレーがあって良いんだ。って、フラットに考えられるようになったこと。



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