(29)「無形」の性質-竹簡孫子 虚実篇第六
それでは「無形」の性質、「無形」による勝利の特徴について説明していきたいと思います。
「無形」というものがどういう性質のもであるか、虚実篇では四つを挙げています。それでは本文を見てみましょう。
【書き下し文】
兵を形(あらわ)す極みは、無形(むけい)に至る。無形ならば、即ち深間(しんかん)も窺(うかが)うこと能ず、智者も謀ること能わず。形に因りて勝を衆に錯(お)くも、衆は知ること能わず。人は皆な我が制形を知るも、勝つ所以の者は知る可からず。
【現代訳】
軍隊における究極の体勢は、「無形」になることです。「無形」であれば、奥深くに入り込んだスパイも軍隊の動きを嗅ぎつけることができず、智謀に優れた者も対策を取ることができません。
我が軍の「形」(ここでは無形)によって敵味方が混じり合って勝利するのだが、当事者である兵士でさえ自軍の体勢(形)を理解できないのです。敵の兵士が、我が軍が勝利を決定づけた最終的な体勢(形)を知ることはできても、勝利を決定づけた本当の要因を知ることはできないのです。
我が国に侵入しているスパイが、「無形」の軍の真相を窺い知ることができない。つまり軍の姿が見えないということは、情報戦においても完全に秘匿できているということです。
ですから敵軍にいる智謀に優れたものも、策略、つまり対策をとることができない訳です。
そして勝利をおさめた我が軍の兵士たちも、勝利の体勢、「形」を知ることなく勝利しているのです。その「形」は「無形」のことであり、軍隊行動の全体像は味方でさえも理解していない訳です。
そして最後は敵軍です。孫子では「人」を相手と解釈します。つまり相手である敵軍はやられた「形」はわかるが、なぜ負けたのかは、本当の理由はわからないのです。
この四つの特徴から「無形」は、戦場で将軍が繰り出す戦法ではありません。君主と将軍が廟算することであり、用間篇で述べるスパイ活用で作り出すことだとわかります。
ですから、孫子流の勝利は、再現性がなく、状況に応じて変化するものであります。
【書き下し文】
故に其の戦い勝つや復(くりかえ)さずして、形無窮(むきゅう)に応ず。
【現代訳】
そのために強調するのです、「無形による勝利に再現性がなく、繰り出した体勢(形)は、目まぐるしく変化する戦況に応じて、無限に変化し極まることがない」と。
ですから「無形」は、「計」であり、「謀攻」であり、「用間」でもあります。戦場の駆け引きではありません。政治や外交の駆け引きです。彼我の戦力を保全する「全きの勝利」を得るための戦いです。
最後に孫子では述べられませんが、「無形」によらない勝利は、再現性があり、形の変化も限定的であるということです。
「無形」によらない勝利は、戦場において軍隊が衝突する戦いによって勝利です。