【長編小説】(11)別れを告げた半身を探して
復讐代行のために訪れた高層マンションの一室で「お父さんを殺さないで」と足元にまとわりつく子供を苛立ちと共に足蹴にしたアレックスは、壁際で尻もちをついて失禁している中年男性に向けて手をかざした。今回のターゲットであるこの男は製薬会社の主任研究員で、成果欲しさに攫ってきた子供で人体実験をしていたという。薬漬けにされた子供の中に人権団体の代表の娘がいたことが運の尽きで、今、彼は復讐の対象として殺されようとしている。
アレックスの感情はささくれ立っていた。ようやく見つけ出した最強の能力者・オムニスであるオルガに軽くあしらわれ、彼女の隠れ家を放り出されたからだ。もう一度入ろうとしたが強力なバリアが張られていて、自他共に認める最強の復讐屋であるアレックスのサイコキネシスをもってしても破ることは叶わなかった。
「頼む!せめて息子だけは、殺さないでくれ!」
被復讐者の男がガタガタと奥歯を震わせながら発した懇願が、アレックスのささくれを引き裂く。散々他人の子供を廃人にしておいて言えることかと叫び出しそうになって唾を飲み込む。そんなことを言ってしまったら、まるで善人のように思われてしまうから。
代わりに口の端を細く持ち上げ、こちらに向かってくる子供に視線を向ける。小さな足の軽い足音が止まったのはアレックスがサイコキネシスで金縛りにしたためだ。男の顔から血の気が失せるのを確認して、子供が悲鳴を上げようと口をぱくぱくさせているのを嗤って、男に向けていた手を子供の方へ。
強く拳を握ると、子供の身体がひしゃげて真っ赤な血潮が噴き出した。
「あっ……ああ……あああああ!」
ベシャリと落ちた子供の死体に駆け寄る男の四肢を潰す。ミンチになった四肢が体側にべったりと張り付き、駆けた勢いそのまま床に突っ込む。冷たい床板に頬をつけてこちらを見上げた男の顔では、苦痛と悲しみと諦念がない混ぜになっていた。
「ああっ……どうして……息子は関係ないじゃないか。私だけ殺せばいいじゃないか!」
「俺は顔出しNGだからな。復讐屋としての俺を見た奴は全員殺すと決めてんだ」
「お前の都合など知ったことか!関係ないだろう!」
「ああ。関係ねえな。俺にとっても、お前の都合なんざ関係ねえ」
「息子はっ、未来が、うぐっ……まだっ……」
下半身から徐々に圧縮して、真四角に整えていく。男は潰すたびに呻きを上げるが、決してこちらから視線を離そうとはしない。
「息子には未来があっ……あったんだ!輝かしい、ぐっ……未来、があ!」
「そうだな。誰にでも未来はある。俺にも、お前がモルモットにした子供たちにも」
依頼主からの長文メールを思い出していた。愛する娘がある日突然姿を消し、戻ってきた時には身体中数多の管を繋がないと生きられない姿になっていた。誰にでも優しく思いやりがあって、この先何人もの人を幸せにするはずだった娘の未来が唐突に奪われたことへの怒り、悲しみ、憎しみ、困惑。
復讐代行は仕事の性質上危険が伴う。ゆえに依頼相場は一般人の年収ほど。アレックスほどの有名な復讐屋ともなれば、相場の数倍はくだらないのが常だ。
それを今回、学生バイトの時給程度の金額で請け負った。そんな選択をした自分が理解できなくて、受け入れたくなくて、アレックスはいつもよりのんびり被復讐者を潰していく。
「ああっ、もう、やめてくれ……早く、終わりに……息子、のっ、ところに、行かせてくれ……」
うわ言のように呟く男の胸を潰した。肺と心臓は傷つけないように。血液はその身体の大きさに合うように調節して、出血過多で意識を失わないように工夫する。最後まで会話ができるように。最後まで苦痛が続くように。
「死後の世界なんざ存在しねえぞ」
「いや、ある……息子と会って、生まれ、変わって……今度は幸せに……」
「そうかい。じゃあ、息子に会ったら伝えな」
超能力などという不思議な現象は存在するが、この世界はそれだけだ。死後の世界も、幸せの空飛ぶ鯨も、存在しない。
「泣いてたって何も始まらない。どれだけ乞い願おうと、無力な奴の願いなんざ叶わねえ。世界はそういうふうにできている。お前は無力だから死んだんだ。お前が弱いから、”お父さん”は死ぬ。残念だったな。お前が強かったなら、大切な”お父さん”を守れただろうに」
瞳を絶望と憎悪に染めた男が口を大きく開いた瞬間、アレックスは男の肺と心臓を圧縮した。死に際の男の顔を固定して、潰した身体を立方体に整えていく。ターゲットでない子供は円筒形にまとめて、男の隣にそっと置いた。
窓を開け放つと、立ち上るビル風がアレックスのシルバーホワイトの髪を掻き上げた。高い位置から見下ろす夜景は色とりどりの星空のようで、「成功者の景色だな」と独り言が溢れる。圧縮した空気の上を歩き出して、考えるのはオルガのこと。
あの女を殺さなければならない。一人一つと決められた超能力を二つ持っているから自分は特別なのであり、その上をいく者があっては特異性が失われる。相手が全能ともなれば、全ての特別は霞むだろう。
自分は最強であらねばならない。誰よりも強く、誰にも負けない存在であり続けなければならない。全てを一人で解決できるように。もう何も、奪われないために。
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