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道を訊く人

道を聞く人
                          鳴沢 湧

 今日の午後2時ころ、自宅から1キロくらい離れたスーパーマーケットへ妻と二人で買い物に行った。年末を控えてあれもこれもと、あまり多そうなのでシニアカートを押しながら行った。
 年越しだからといって特別なことはするな、と毎年言っているのに主婦としては普段のままというわけにはいかないらしい。81歳にもなって主婦でもあるまい「セットのお節料理を買って済ませればいい」と言っても聞かない。
「お節ですしゃっきり仕切る妻の顎」
おせちです しゃっきりしきる 妻の顎
 お節料理に関することでは口を挟ませないとばかり、顎で指図される。
スーパーマーケットで買い物を終えて甘酒を買って外のベンチで飲んだ。コロナ前には中に喫茶の場所があって、自動販売機で買ったお茶か、珈琲、それに無料のお煎茶が濃くてとても美味しかった。
「途中の公園のベンチで休んでゆきましょう」と言いながら帰路に就く。公園まで500メートルくらいだがかなりきつい。
 休んでいるところに私たちくらいの老人が近寄ってきた。鼻水をいっぱい垂らしている。服装は厚手の襟のあるシャツを着ていたが、外出着としてはこの「厳しい寒波が来ている時期」に相応しくない。
 最初私の所に来て何か問いかけるのだが、補聴器を着けて来なかったし、彼の言葉が不明瞭で私には理解できなかった。
 妻が話を引き取って、
「駅はどっちの方ですか」と聞くので、妻が方角を指さすと、
「ここは何処ですか」と聞く。
ちょっと戸惑いながら「駅南町ですよ。お家は何処ですか」と妻が問い返すと、「神鳥谷(しととのや)です」と言う。
 私はスマホで交番に連絡して保護してもらおうかと思ったが、出掛けに忘れてきたのだった。
「神鳥谷ならその道を真っ直ぐですよ」と言うとすぐに歩きだす。
 そのまま突き放すわけにはいかないと思い後を追うと道の向こうはタクシーの営業所だった。
 彼はそのタクシーの運転手らしい人にもう一度道を訊いているようだった。
 タクシーの営業所なら福祉タクシーとか、介護タクシーとか、福祉や介護にかかわっているから私がでしゃばる必要はない、と判断してそのまま帰ってきた。
 帰ってから気になって地域の交番へ電話した。タクシーの営業所から交番へは電話がなかったという。
 しまったと思った。営業所へ行って交番への電話を頼んでやればよかった。私が頼んでやらなかったばかりにこの寒い風の中をあの人はまださまよっていると思えばやりきれなかった。
 交番から電話があったのは1時間も経ってからだった。
「神鳥谷に向かって歩いているところを家族が見つけて、家に連れ帰ったと言う事です」という交番からの連絡を受けて、
「よかったー、よかった」思わず涙声になっていた。
「北風によろめく人に道訊く人も」
きたかぜに よろめくひとに みちきくひとも


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