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自分で作った「スマホゲームへの罪悪感」に気づいて手放した日
就職活動が終わり、
新しい職場での仕事は10月からとなりました。
9月中は時間にゆとりがあるので、
気の向くままに過ごそうと思っています。
最近ハマっているのは「数独」
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数字が被らないように入れていきます
子どものころ、
新聞の日曜版に載っているのを
たまにやる程度でしたが
久しぶりにやったら面白くて!
スマホアプリでいくらでも問題が出てくるので
楽しんでいます。
でも、その一方で
「こんなことばかりして時間を無駄にしている」
「よくないと思いながら、またやってしまった」
と思い、素直に楽しめていない自分がいました。
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/154629486/picture_pc_f8ac2bd85d3b0fc066359cda3b082c31.png?width=1200)
ある日、このことを夫に話してみました。
「最近好きなスマホのゲームがあるけど、
こんなことやって…と思っちゃうんだよね」
というと、
「ええっ!?」
とだけ言われました。
その「ええっ!?」はどういう意味?
と聞いてみると
「…疑問」
とのこと。
好きなら、楽しいならやればいいのに。
どうしてそう思うんだろう?
ということのようでした。
そうだよね、
誰からも禁止されていないのに
どうして罪悪感を感じるんだろう。
考えてみると、
最近までずっと心の根底にあった
「認められたい」気持ちが影響していました。
勉強や仕事を頑張って
他の人からも分かりやすい成果を上げたい。
そうすることで、
過去に馬鹿にしてきた人たちを見返したい。
無意識の奥底にあった気持ちを
原動力に変えて、生きてきました。
詳しくはこちらの記事に書きました↓
ゲームに関しても、この気持ちは同じで
時間の無駄。
こんなことやっている時間はない,
目標達成のためにもっと時間を使うべきだ
と考えていました。
さかのぼれば、
新卒で就職したら会社にいたころ
仕事で成果を上げたい一心で、
帰宅後は英会話やTOEICの勉強をして
休日は
ビジネス系のテレビの録画を見たり
(なんとか宮殿とか、なんとかの夜明けとか)
専門書を読みに国会図書館まで行ったり
していました
趣味の時間も取らなかったわけではないですが
あくまでも
「目標達成に向けたリフレッシュ」
「勉強や仕事の効率を上げるため」
だから、という理由で
やることを自分に正当化できていました。
これを、
純粋に自分がしたいからやっていた
のであればよかったのですが
そうではなく、
外からの動機で行動を決めていたので
その心の歪みは
周囲の人への「怒り」という形で
現れました。
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会社の同期には、ゲーム好きな人も何人かいて
昼休みに社食でゲームの話しているのを見ては
なんでそんなことに時間を使うんだろう。
馬鹿みたい。もっと勉強すれば?
と、いつもイライラしてました。
その後、起業してからは
同じような感情が
起業仲間に向きました。
直接言ったことはありませんが、
なんでもっと行動しない?
ぬるいんじゃない?
と思うことも多くありました…
他人は、私とは違う優先順位で
やることを選んで実行しているのだから
他人が何をしていようと怒る必要はないし、
私は私で、自分の行動を選択すればいい
と、今なら分かりますが
当時は、他人の行動が気になって
仕方ありませんでした。
本当は、
どこかうらやましかったのだと思います。
「認められるため」に行動していた
という前提に気づき、手放せてから
今はようやく、
自分のやりたいことをやる、
人と違っても構わない。
自分と人どちらが正解・不正解もない。
と思えるようになりました。
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とはいっても
ずっと遊んでいたいわけではありません。
ライターの仕事は続けていますし、
こうしてnoteを書いたり
次の仕事に向けて勉強したりもしています。
私が「充実している」と思えるのは
・自分の力を生かして相手の役に立てるとき
・知らないことを学び、それを生かせているとき
・新しい体験をして世界が広がったとき
この時間を増やすことが
プロフィールにも書いている
「安心と成長の両立」にも
つながっているのです。
そのためには
数独だけやっていてもダメでw
自分のためにやるべきことを決めて
行動していくことも必要なのは事実。
学び・成長と遊びのバランスをとる。
そのバランスの配分も自分で設定する。
それを実行した責任は自分でとる。
このことを改めて決めて、
あと半月のお休み期間も
仕事を始めてからも
楽しくいきたいと思います。
本日も最後までお読みいただき
ありがとうございました。