鉄について諸々
モノづくりに素材は必須だ。
なので使う素材をちゃんと知りたい。
例えば3Dプリンターのフィラメントでよく使われるのはABSとPLAで、どちらもプラスチックだが、それぞれ原料が違うので生分解性であるか否かが違う。陶磁器でも何の土か石か釉薬かを選んだり、配合の仕方で変わってくる。
何を作るにせよ組み合わせは無数にあって試行錯誤に終わりはない… と、締めっぽい言葉をもう書いたが、今日は鉄について諸々幅広く調べたのをまとめた。
Iron, Irony
鉄は英語で”Iron”だ。元素記号はFe。ここで「ん?」となるが、Feはラテン語の”Ferrum”からきているようだ。
”Iron”と聞くと、”Irony”が思い浮かぶ。皮肉と鉄は関係性があるのかと調べたら、単なる偶然らしい。なんだそうなのか... Redditで同じことを気になった人が質問していて、偶然と言われてがっかりしていた。同じ気分だ。
”Iron”は古英語から、”Irony”はギリシア語からで、偶然発音が似ていただけのようだ。古英語の時点で、鉄をラテン語から拝借して使っていたらこんなことにはなっていないだろう。でも何か鉄製品を作るなら、”ironY”ともじって名付けることが可能なわけだ。すでにありそうだが。
鋼
海外のニュースを見ていると、”Iron”と言うより、”Steel”と言われていることが多い印象を受ける。”Steel”は鋼だ。鉄と鋼、つまり日本でいわれるところの鉄鋼業界(Steel industry)の鉄鋼となる。
鋼とは何なのか。鉄との違いは何なのか。
この時点で「そんなことも知らんのか...」という人と、「そういえば何が違うんだ?」と分かれる気がする。
さて、鋼は鉄に炭素(C:Carbon)を加えたものだ。
どのくらいの炭素割合かというと、0.04~2%程度。少な!という印象だが、たったそれだけで鉄は一気に強度を増すようだ。化学の力。厳密には、他にケイ素(Si:Silicon)、マンガン(Mn:Manganese )、リン(P:Phosphorus )、硫黄(S:Sulfur)が入るが、現時点でよく分かっていないので割愛する。
日本では一般的に鉄というとこの鋼を指す。なのでここでも鉄と書いていく。
そんな鉄の使われ方は様々だ。書き切れないので、代表的なモノしか書いていないがかなり幅広い。
まずは鉄道(Railway)。レールが鉄製だから鉄の道。製鉄所(Steel plant)の内部からレールの作り方を紹介する動画があって面白かった。
鉄鋼企業を紹介しよう。東洋経済新報社の2023年度業界地図によれば、日本の鉄鋼業界上位3社は上から、日本製鉄(NIPPON STEEL)、JFEスチール、神戸製鋼所(KOBELCO)だ。
上記YouTubeで、レール製造企業として紹介されていたのはJFEだ。話は脱線するが(縁起でもない)、JFEの広告で最近、サンドウィッチマンを広告塔に立てた「サス鉄ナブル!」という動画広告をYouTubeでよく目にする。環境を意識した企業イメージを展開中である。
世界規模で見ると上位3社は、中国の中国宝武鋼鉄集団(China Baowu Steel Group)、ルクセンブルクのアルセロール・ミッタル(ArcelorMittal)、中国の鞍山鋼鉄集団(Ansteel Group)があり、その次に世界4位として日本製鉄が入る様相だ。日本製鉄の売上高が約7兆円で粗鋼生産量が5000万トンに対し、中国宝武鋼鉄集団の売上高は記載ないが、粗鋼生産量は日本製鉄の倍を超える1億2000万トンだ。売上10兆円を超えているのは間違いないだろう。
日本製鉄がHPで公開しているランキングを見ると、トップ10には多くの中国企業がある。粗鋼の生産量は中国が世界の半分をも占める状況だ。
製鋼の流れ
さて粗鋼とは何か。そのために鉄鋼の作り方(製鋼)の大まかな流れを知っておく。
鉄鋼石をコークス(Coke:骸炭)と一緒に高炉に入れて還元させてドロドロの状態に。これが銑鉄。しかしこの状態だと炭素割合が高すぎる。そこで次は生石灰などと一緒に転炉に入れる。出来るのが粗鋼であり、金属状態としては完成された加工前の鋼だ。
転炉の前後で、英語が”Crude iron”から”Crude steel”に変わっている。正に鉄から鋼に変わるタイミングといえる。ちなみに”Crude”は、自然のままの、生の、加工されていないといった意味だ。プロセスについてさらに詳しくは日本鉄鋼連盟のHPを参照あれ...
ちなみに、高炉と転炉以外には、鉄スクラップを原料としたリサイクル用の電炉というのもある。小規模生産に利用されるもので、展開する企業としては東京製鐵、合同製鐵、共栄製鋼などがある。今後はCO2削減のため電炉による粗鋼生産も可能性があるらしい。JFEがクリーンな企業イメージを展開するのは、実際に高炉は二酸化炭素排出量が多いからだ。
鉄のもう1つ代表的なものを挙げるとしたら建築材だろう。東京タワーもスカイツリーも鉄だ。東京都心は見渡せば高層ビルばかり。鉄の街である。
マンションでも柱や梁に使われており、その種類は不動産物件の紹介によく記載がある。
・鉄骨造(Steel)
・鉄筋コンクリート造(RC:Reinforced Concrete)
・鉄筋鉄骨コンクリート造(SRC:Steel Reinforced Concrete)
鉄筋(Rebar)は工事現場を通りかかったときに束になったものをよく目にする長い棒だ。鉄筋コンクリートは、鉄筋の骨組みにコンクリートを流し固めて強度を増してある。鉄は他と混ぜ合わせて強くなるのだ。
鋳鉄
さて、鋼は「鉄」に炭素が0.04~2%の割合で含まれているが、この炭素の割合が2%から6.67%だと、鋳鉄(Cast iron)になる。この辺の数字の割合には色々な定義があるらしい。
溶かした金属を型に流し込んで成形する技法を鋳造(Casting)といい、出来上がったものは鋳物(Cast metal)といわれる。鋳物で有名なのは、南部鉄器(Nanbu Tekki, Nanbu ironware)だろう。岩手県奥州市と盛岡市の鋳造所(Foundry)で作られる鉄製品のことで、日本の伝統工芸品だ。
南部鉄器の伝統的な製造工程は以下の通り。岩手県の「いわての文化情報大事典」を参考にした。
大きく分けると、型作り、鉄作り、仕上げの3工程だ。
「木型製作」といわれるが、今は鉄を利用して作ることが多いそうで、実質は金型といえよう。そして「注湯」の湯が鉄のことで、鋳鉄を融点1300度あたりで溶かし、それを型に注ぎ込む。最後の「鉉掛け」の鉉ももちろん鉄製だが、これは鍛造の技法で作られている。鍛造については後述する。
南部鉄器の材料として、砂鉄(Ironsand)が使われることもあるようだ。そもそも岩手県奥州市の水沢江刺に南部鉄器の鋳造所が集積しているのは、近くの川で砂鉄が取れたことが理由の1つにある。すぐ西にある北上川だったり、北上川の支川には砂鉄川という名前の川すらある。砂鉄で南部鉄器を製作した研究例があった。
鉄瓶(Iron kettle)の特徴の1つは鉄分が得られることだ。沸かした湯には鉄分が含まれ健康に良い。ヒトの血液には釘一本分の鉄が入っているという。釘と言われるとなんかなぁという感覚だったが、そもそも血液が赤い理由は体中に酸素を運んでいるヘモグロビンだ。そしてこれが鉄で出来ている。そう考えると鉄分が体に必要不可欠なことは、貧血にあまりならない人でも分かる。ちなみに鉄分は英語でそのまま”Iron”という。
鉄瓶はお手入れの手間がかかると思われているが、そんなことはない。使い終わりは、その余熱で自然乾燥させるだけで済む。
逆をいえば、水気にさらして寝かしておけばそれは錆びにつながるだろう。鋳鉄だろうが鋼であろうが錆びるものは錆びる。と思っていたら、鋳鉄に関して面白い歴史を見つけた。以下抜粋。
400年近く同じ鋳鉄の水道管を使っているのは驚きだ。錆びてはいそうだが、錆び方が良いのかもしれない。鉄の歴史の深さが分かる事例だ。
イギリスでも産業革命ともいうべき鉄にまつわる場所がいくつもある。バーミンガム西に位置するアイアンブリッジ(Iron Bridge)は世界最古の鉄橋だ。1781年。んーすごい。「鉄橋」とだけ銘打っていいのは始祖であるここだけだ。ゴルフ全英オープンが「The Open」とだけ言うのと同じだ。流石その辺は歴史ある英国である。
ステンレス
そんな歴史のある鉄。ただ寿命が長い製品が多いとはいえ、錆びるのは事実。しかし1910年頃、ステンレス(Stainless steel)が開発された。
ステンレスとは何か。Stain=錆び、がない、つまり錆びない鋼だ。ステンレスは鉄にクロム(Cr:Chromium)を10.5%以上含み、炭素が1.2%以下の合金鋼だ。
ここに詳しく載っている。銅でエッチングしようとしても上手くいかなかったことで分かった研究成果を、鉄に応用させて作られた背景が面白い。
その錆びに対する性質から、まだほんの100年経っただけの新合金でも、もはや見ない日はない。キッチンのシンクを見てみれば多くの場合素材はステンレスだろう。
ここまでくると「鋼とステンレスは兄弟、鉄はその親である」という表現がしっくりくる。
鉄の加工(溶接, 鍛接, 鍛造, 鋳造)
鉄が多く使われているのはその加工のしやすさが理由の1つにあるだろう。くっ付けたり、打ったり、溶かしたりと様々だ。
金属同士の接合を溶接(Welding)という。熱で金属を溶かしてくっ付ける方法だ。溶接には融接、圧接、ろう接の3つに分けられる。融接で一般的にメジャーなのはアーク溶接(Arc welding)で、空気中の放電現象を利用して母材の金属を溶かし付ける技法だ。街で見かける工事現場で、時に相当眩しい光を発しているあれだ。
基本的には同じ金属同士で行なう。鉄とステンレスも同じ鉄系家族なので可能なようだ。異種金属溶接については以下が詳しい。
ろう接でよく耳にするのは、はんだ付け(Soldering)だろう。はんだは鉛(Pb:Lead )とスズ(Sn:Tin)の合金のことで、その融点の低さからか気軽にキットを揃えられるため電子工作で使う機会が多い。その際に手に持って使う工具を半田ごてというが、これは英語で”Soldering iron”だ。鉄を溶かしているわけではないので、ちょっとややこしく感じるのはぼくだけだろうか。
ちなみに金属接合には鍛接(Forge welding)という方法もある。
鍛造(Forging)は、「鉄は熱いうちに打て」のごとく、金属が熱い状態の時に槌でコンコン打ちながら曲げたりして成形する方法だ。南部鉄器の鉉は、本体とは別に鉄を溶かして叩いて弧に曲げて作られたのを最後にぐいっと付けている。鍛造は他に日本刀の製造方法としても有名だろう。
鋳造(Casting)については南部鉄器で前述したとおりで、溶かした金属を型に流し込んで成形する技法だ。
鉄鉱石の場所
鉄について他に調べたことを以下に簡単にまとめた。
鉄鉱石はどこで採掘されているのか。新日鉄住金(新日本製鉄と住友金属)によると、どうやら大規模に採掘できる場所は、オーストラリア、南アフリカ、インド、ブラジル、アメリカ、カナダ、ロシアらしい。日本の鉄鋼企業は港に製鉄所を構えているが、基本全てこれら海外から船で輸入して、製鉄所で1次加工して出荷しているということだ。
鉄の価格
鉄はお値段いくらくらいだろうか。
以下サイトによると、熱延鋼板(3.2 x 4 x 8)は13万円らしい。4と8は単位がftなので、1.2m x 2.4mくらいの薄板だ。
また鋼製ブロックがモノタロウで売っていた。1.2kgで約5000円だった。
鉄スクラップの買取金額は以下サイトによると、大体1トンあたり5万円なので1kgで50円だ。
磁石に反応する数少ない金属
鉄は磁石に反応する。磁石に反応する素材は意外に少ない。代表的な金属といえる金銀銅アルミは全部反応しない。反応する金属としては他にニッケルやコバルトがある。ステンレスは合金度合いによって反応するのとしないのがあるようだ。鉄は強磁性体だが、磁石を離すと磁力を失うので軟磁性体である。この辺については後々深堀りしていきたい。
鉄の熱伝導率
沸かした南部鉄器をすぐに直で手に触るようなことは当然しない。そりゃ熱いからだ。鉄は熱伝導率が高いように思えるが、実際のところ金属の中でどのくらいの位置づけだろうか。
金銀銅が高すぎて鉄がかすんだ。この3つは置いておいて、鉄はそれでも十分に高い方と言える。チタン(Ti:Titanium)と比べてみよう。チタンの熱伝導率[W/m K]は17だ。鋳鉄は48。金属の中でもチタンはトップクラスに熱伝導率が低い。
以下のサイトで紹介されているフライパンは本体が鉄製だが、取っ手の部分をチタン製にしていることで、手に持てるようにしてある。
鉄の電気伝導率
例えばアーク溶接をするときは感電対策を万全にしないといけない。金属は電気を良く通す。それでは鉄は金属の中でどれほどの電気伝導率があるのか。以下のサイトは銅を100として計算されたものだ。
また金銀銅が高すぎて鉄がかすんだ。銅は銀に比べて価格が安いため、銅線といわれるようにあらゆる電線の要である。しかしここでもチタンがかなりの低数値を誇っている。
鉄の比重
鉄は重い。南部鉄瓶を初めて手に持ってみると思う率直な感想ではないだろうか。他の身近な生活金属で軽いアルミニウム(Al:Aluminium)と比較すると鉄は重く感じる。しかしどれほど実際重いのか。金属の比重(g/㎤)を見てみる。
鉄は1立方cmあたり7.87gだ。つまり牛乳紙パック1Lサイズ(体積=1,000cm3)が全部鉄だとすると、約8kgとなる。重い!牛鉄/鉄乳は重いのだ。アルミニウムはというと、同じ仮定で計算すると約3kgだ。軽い!ちなみに金は大体20kgだ。重い!!
鉄の硬度
鉄は硬い。ミステリー小説やサスペンスで凶器として使われるのは決まって?鉄パイプだ。果たして鉄はどれだけ他の金属と比べて硬いのか。
以下サイトによると、鉱物の硬さを示すモース硬度(傷のつきにくさ)によれば、鉄は4.5、アルミニウムは2.9、チタンは6.0だ。ふむ。
つまり、鉄の星
鉄の最初の記憶は、幼稚園の雲梯か鉄棒だろうか。あの鉄の匂い。
銑鉄(Crude iron)、鋳造所(Foundry)、鉄筋鉄骨コンクリート造(SRC)、ステンレス(Stainless steel)...
鉄は様々な所で使われ、他の素材との組み合わせも様々だ。今回鉄を広く浅く調べただけでも、鉄と人間の歴史が深く長いことが分かった気がする。
エンターテインメントの世界でも「鉄」を活用した名前はよく出てくると思う。
ぼくが子供の時に放送していたテレビ番組「料理の鉄人」。 懐かしい! 料理対決コンテンツの先駆けではないだろうか。面白かった。このフォーマットは海外のテレビ局への輸出にも成功した。海外でのタイトルも「Iron Chef」と、正に料理の鉄人だ。
ゲームでは「鉄拳」という格闘ゲームシリーズがある。10代の時にはアーケードだったりPSでだったり、まあよくプレーしていた... 鉄の拳。素晴らしいネーミングだと思う。
映画では「Iron Man(アイアンマン)」というアメコミがある。
漫画アニメでは2023年の名探偵コナン劇場版のタイトルは「黒鉄の魚影(くろがねのサブマリン)」である。
昔も今も「鉄」は身近で無くてはならない存在に思える。
人類の歴史を振り返った「銃、病原菌、鉄」という世界的な書籍がある。学生の時に読んでおけばよかったとなぁと後悔したけっこう長めの本だが、タイトルにもあるとおり「鉄」が人間にとって重要な要素であったことが分かる。なんなら、ここ3年間ほど病原菌に世界全体がやられたことで、病原菌の恐ろしさも思い知った。それと同列だからこそ「鉄」がどれほど重要かさらに身に染みて分かる。
鉄の星である地球でこれから「鉄」がどのように進化していくかが楽しみだ。
小泉成文
大好きな横浜名物シウマイ弁当を食べる時、人生であと何回食べられるんだろう。。と考えます