宇都宮めぐり2(栃木県宇都宮市・宇都宮駅/宇都宮美術館「20世紀アートセレクション」展ほか)
宇都宮めぐりも折り返し。かなりハードスケジュールである。餃子? 行列がすごくてね・・・
・栃木県立博物館
栃木県の名を冠した博物館だけあって、美術館と同様こちらもかなり広大な規模である栃木県立博物館。栃木県における自然系の資料や歴史や文化といった人文系の資料も含め、あらゆるものをテーマとして網羅している博物館である。ミミズク土偶のみーたんというのが公式キャラクタだそう。可愛さについては個人の好みに任せることにする。
入口からすぐ目の前に飛び込んでくるのは2階まで吹き抜けている高い天井と、そこまで続いているスロープだろう。スロープは写真パネルや模型、剥製などの自然系資料で溢れており、スロープを上って行くごとに標高の低いところから高いところへと移動して行くという試みも面白い。ここでは日光エリアの動植物について、標高や植生の違いによって棲む動物や昆虫に違いがあることを紹介する。神橋からいろは坂、中禅寺湖から戦場ヶ原、五色沼などを経て白根山へと登って行く。
スロープを上り切った2階は二つの展示室に分かれている。最初は人類すら生まれていない古生代から。アンモナイトや恐竜、男体山の噴火による地形の形成など地学的な分野のテーマから始まる。やがて人類がこの辺りに住むようになり、各所で発見されている貝塚からおなじみの縄文時代へ。三種の神器でお馴染みの土器、石棒ともここでご対面。お待ちしておりました。
そして古墳時代を経て律令の時代へ。栃木県はかつて「下野国」と呼ばれていたことは知っている人も多い。こちらは「那須国」と「下毛野国」とが合わせられて作られたもの。「下野」を「しもつけ」と無理やり読んでいる感じになるのはこのためである。それは隣の群馬県にも言えることだけれど。
さて、律令時代になると同時に仏教も隆盛を迎えるということで、当然ながらそれに付随する板碑も展示されている。撮影禁止である後半の展示エリアにあったため残せないのは残念ながら、しっかりと郷土博物館の三種の神器が揃っているのは心強い。中世に至っては地元の英雄・足利尊氏や、江戸時代から幕末にかけて歴史の重要な位置にあった宇都宮城なども採り上げている。
もう一つの展示室は自然系と人文系の展示が半分ずつに分けられている。特に今回は人文系の展示が刀剣にまつわる展示として紹介されており、合戦絵巻や錦絵などもふんだんに盛り込まれている他、この地を治めていた皆川氏や大関氏に伝わる甲冑、珍しいところでは室町幕府の九代将軍である足利義尚(伝)の模本なども紹介される。自然系の展示は栃木県に生息する動植物らを紹介。トイレはウォシュレット式。
・宇都宮城址公園ものしり館/まちあるき情報館/晴明館歴史展示室
宇都宮の中心地にある史跡の中でも代表的なものと言えるのが宇都宮城址公園だろう。関東七名城の一つとして知られた宇都宮城、戊辰戦争によって焼失したため現在は天守が残されていないが、天守の機能を持っていた清明台や富士見櫓が現在は復元されて入城できるようになっている。清明台と富士見櫓を結ぶ土塁があり、土塁の下には宇都宮城ものしり館とまちあるき情報館、曲輪内には清明館がある。
宇都宮城というと歴史の舞台の上では主に二つの出来事がフューチャーされる。まずは江戸時代の初期に起きた宇都宮城釣天井事件である。徳川家康の下で懐刀と言われた本多正純が治めることとなった宇都宮。しかし本多正純は他家からの印象も悪く、家康の亡き後は後ろ盾を失いつつあった。そんな中で時の将軍である徳川秀忠が日光東照宮を参拝、その帰路で宇都宮城を宿泊する予定だったところ、宇都宮城の天井を釣天井にして将軍を暗殺させるのではないか、という噂が流れ、結果的に本多正純が改易されたという事件である。真偽はうやむやなまま、「つり天井」をテーマにした民話が伝わっているのも興味深いところ。
宇都宮城が焼失したのは幕末における戊辰戦争での宇都宮戦争においてで、旧幕府軍と新政府軍とが宇都宮を舞台に激突し、宇都宮城をはじめとして二荒山神社をはじめとした寺院などが焼失したもの。新選組の土方歳三や(隊は違っても)永倉新八などがこれに参戦している。
なお、三つある施設の中では(専門は切り分けられているものの)晴明館歴史展示室が最も宇都宮城の歴史について紹介している建物で、古代から近現代に至るまでの宇都宮の歴史を網羅している。雀宮宿の復元模型もある他、寛政時代の三奇人の一人と呼ばれた蒲生君平もここで紹介する。トイレは清明館にあり和式。
・うつのみや妖精ミュージアム
うつのみや表参道スクエアの中に入っているうつのみや妖精ミュージアムは、その名の通り妖精に特化しているという国内でも珍しいミュージアムである。日本における妖精研究の第一人者である井村君江(名誉館長でもある)が生まれ故郷の宇都宮市へ寄贈したケルト・妖精関係の資料・美術品を中心に展示している美術館である。市民ギャラリーと併設しており、そちらでは妖精に関連するような作品を主に展示する。
妖精ミュージアム、という名称だけ字面で捉えれば、割と個人の趣味でやっているようなもの、という印象を個人的には受けてしまうのだけれど、こちらはしっかりとしたミュージアムで、名誉館長である井村氏は国内外で教授や客員教授を務めた経歴のある研究者。妖精に関する著作も多く手掛けており、日本でケルト神話や妖精の研究をしたいと考えたらまず辿り着く人物だったりする。
館内は入館すぐの「妖精について」を紹介するロビーと図書エリア、それに妖精コレクションが揃う展示室とで構成されている。解説シートが丁寧につくられており、妖精の食べ物やその由来、研究者による妖精の分類なども採り上げている。展示室には天野喜孝の作品が展示されている他、水彩画やビスクドール、陶器などで妖精を描いたものが多い。また、ピーター・パンについて、その始まりをめぐる特集も組まれている。
『シャーロック・ホームズ』シリーズで知られるアーサー・コナン・ドイルが晩年に妖精の研究をしていたことはあまり知られていないかもしれない。中でもコティングリーに住む二人の少女が妖精の写真を撮ったとされる「コティングリー妖精事件」では、その写真を合成ではなく本物だと考える立場でいたという。なお、後にこれらの写真は合成によるものと本人たちが認めたものの、5枚のうち1枚は見覚えがないものだとされ、現在も妖精が実在するという説を補強するのに一役買っている。
隣接する市民ギャラリーではちようどこれと合わせるようにイギリス妖精絵本の歴史展を開催。宇都宮には疫病を治したとされる「黄ぶな(黄色い鮒)伝説」や、河童、ダイダラボッチの伝承が残されていることから妖精に深い関わりのある町と言えるかもしれない。トイレは同じフロアにありウォシュレット式。
・中山恒明記念館
その圧倒的な手術成功率から「神の手」と呼ばれ、外科に関わっている者であれば知らない人はまずいないと言われる中山式胃腸縫合器を発明した医者である中山恒明。その「神の手」中山恒明の生涯を顕彰する中山恒明記念館が宇都宮市街の中心にある宇都宮記念病院の一角にある。
事前に予約する必要があるものの、基本的に一般にも開放されている記念館になっている。ホッチキスのような形状、そして切除と縫合が同時にできるという中山式胃腸縫合器は世界的なベストセラーになったという。しかしその実績を自らのものだけにするのではなく、「手術に特許はない」と多くの医者に伝えたという。
千葉医科大学で食道外科の大家である瀬尾貞信に学び、独自の手術法を確立した中山。のちに「世紀の外科医賞」を受賞するなどの功績を残した。興味深いところでは長谷川町子の癌の手術を手がけた医師として、長谷川町子『サザエさん』にも登場しているところだろうか。長谷川町子の創作に対する情熱を尊重し、家族を説得して仕事道具を病室へ持ち込ませている。
「人生は経験である」「人生は精一杯に」「手術に特許はない」「医者を選ぶのも寿命のうち」「そこに心がなければメスは凶器になる」といった名言を残した「神の手」は手術の成功率も同時代の医師に比べて驚異的な数値を残し、現在に至るまで外科医の目標となっている。トイレはなし。
・宇都宮美術館
宇都宮市を代表する美術館の一つである宇都宮美術館。ルネ・マグリットの『大家族』という空模様をした羽ばたく鳥の絵を収蔵していることで知られる。宇都宮駅からだいぶ離れている場所にあり公共交通機関などを使わないとたどり着けない場所にあるものの、宇都宮に来たならぜひ訪れておきたいミュージアムの一つである。広大な森の中にあって散策もはかどる。
訪れた際に開催されていたのは大川美術館コレクションによる「20世紀アートセレクション」という企画展。その名の通り現代アートを中心とした作品で展開される。パブロ・ピカソ、ベン・シャーンをはじめ、モーリス・ユトリロからアンディ・ウォーホールまで網羅しているという構成になっている。企画展示室は主に二箇所、常設展示室は一箇所と分かれており、ロビーからそれぞれの展示室へ放射状に伸びている。
最初の展示室ではエコール・ド・パリとアバンギャルドというコーナーから始まり、ここではモディリアーニや藤田嗣治、ユトリロやローランサンといったエコール・ド・パリを代表する画家たちにシャガールやルオー、ルドンなどを展開する。次いでアバンギャルドの時代にはジョルジュ・ブラックやピカソ、ミロといったシュルレアリスムの作家へと移行、マルセル・デュシャンにマックス・エルンスト、ジャコメッティといった作家まで及ぶ。
興味深いのは次の展示室にあるアメリカ・シーンの画家たちについて。ポップアートの隆盛するまでの時代というのは個人的にあまり印象がなく、それこそアメリカの絵画というとアンディ・ウォーホールを待たなくてはならなかったイメージだったのが、ジョン・スローンをはじめとした美術家の集団「The Eight」という存在があったことを知る。労働者階級の日常を写実的に描いたその作風は、日本人画家の清水登之や野田英夫、国吉康雄らに影響を与えた。
個人的によかったのが、次にくるアメリカン・シーンの展示で、ここでは風刺画のテイストも残るベン・シャーンの展示作品が印象深い。リルケ『マルテの手記』に感銘され、その内容と呼応するように描いた絵画作品はいずれも平穏そうな中に悲しみを讃えていて、一発でファンになってしまった。その後はポップアートとしてサム・フランシスや国内からは草間彌生、荒川修作が取り上げられている。
常設展示室では宇都宮美術館のコレクション展として、武藤玲子や池田信吾など宇都宮をテーマとした作品を展示。中でも多くの収蔵品を抱えるジョルジュ・ビゴーの30作以上に渡る展示が圧巻だろうか。福沢一郎の作品もある。なんといっても秀逸はマグリットの作品だろうか。有名な『大家族』の他にも『夢』なんかは不安に掻き立てらるようで心地よい。惜しくも亡くなった柚木沙弥郎の作品も多く採り上げられている。トイレはウォシュレット式。