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小説:コトリとアスカの異聞奇譚 2-10

 土曜日の晩、閉店後。琴音はその日最後の薬草珈琲を淹れている。はとむぎ珈琲。ハトムギの種を珈琲豆にブレンドした薬草珈琲だ。少し多めに、三人分。

 カウンターに座っているのは葵と、6年前までバイトをしていた佳奈だ。佳奈は現在、大手化粧品会社の研究員として横浜で働いているのだが、実家に帰りがてら琴音と少し話があるとういうことで店に立ち寄った。そこで葵につかまってしまった訳だ。

「でも、佳奈さん。よく考えたらお久しぶりですよね」
「うん、そうかも。めっちゃ久しぶり。でも・・・葵ちゃんって、なんか雰囲気変わった?」

 葵はこれまで、佳奈が少し苦手だった。時々、佳奈が店に来た時に会う、という会い方しかしてこなかったが、ストレートに物言いする佳奈の話しっぷりが人見知りの葵のアイデンティティを揺さぶっていた。しかし、今日は佳奈と対等に話ができている気がして、葵にとっても新鮮だった。

「うん。琴音さんに色々とご指導してもらったんです笑。あと、さっきお伝えした明日香ちゃんからもらったエネルギーで、私の人格まで変わってしまったみたいで」
「それ、すごいよなぁ。明日香ちゃんのことはコトリさんからたまに聞いていたけど、その能力はすごいというか、珍しいというか」
「でも、それを明日香ちゃんに頼らず、メンタル面で悩む20代の子たちに提供したくて・・・」
「・・・っていうことだよね」

 佳奈が葵から相談を持ち掛けられてかれこれ30分ほど議論を進めているのだが、なかなか答えは見えなかった。佳奈は琴音から出してもらったはとむぎ珈琲を口にする。

「コトリさ~ん。はとむぎ珈琲、香ばしくて美味しいですけど、乾燥しすぎちゃわないですかね。はとむぎも珈琲も乾燥の方向でしょ?はとむぎラテの場合は滋陰類のミルクが入ってバランス良かったんですけど」
「やっぱりそうかなぁ。梅雨の時期用かもね」
「ですね」
 琴音と佳奈の自然な会話。私も早く、こんな感じで誰とでも話が出来たらなぁと葵は思う。

 窓の格子を通して、ならまちの夜道が見える。若者がスマホを見ながら立ち歩きする姿が葵の目に映る。夜って、何だか若者の時間・・・
「あっ」
 その瞬間、葵の頭に何かがよぎり、また声を立ててしまった。

「おっ。葵ちゃん、何か閃いた?」
「かもです。まだ、中身はぜんぜん決まっていないんですけど、コンセプトだけ。でも、若い女子は絶対、興味持つと思う」
「おぉ、いいねぇ。では、葵君、発表、よろしくお願いします!」
「はい。私がエネルギーをもらった花言葉。それに、若者に似合う、夜という時間。掛け合わせて・・・『花言葉の夜』っていかがですか?」
「ほぉ、・・・花言葉の夜。花言葉の夜。花言葉の夜。うん、いいんじゃない?花言葉というロマンチックな言葉と、夜という、これもロマンチックな言葉。何か素敵な夜を過ごせそうな感じはすごいする」
「わぁ、やったぁ」
「うん、ただ、日本語だけだったら文字に鋭さがないから・・・」そう言いながら、佳奈はスマホで何かを調べ始めた。

 葵のアイデアに佳奈の大人なアレンジを加えて決まったイベント名。それは、『花言葉ナイト ~Nacht der Floriographie~』だった。ちょっと無意味にドイツ語を含めたイベント名。

 琴音はそんな風に会話を続ける二人を、終始、微笑みながら見守っていた。

※続きはこちらより


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