小説:コトリとアスカの異聞奇譚 3-2
室生龍穴神社まではちょっと距離があるので、車で移動することとした。街道には草餅のお店が数軒あったので、車を停め、三つ購入。
移動中に、琴音から草餅に声をかける。「美味しくいただくね。」・・・すると、草餅は少しだけ輝き、<オイシクタベテ>と琴音の頭の中で返事した。
そう、琴音(と、娘の明日香)は、植物とちょっとした会話のできる母娘だった。さっきの会話は、正確には、草餅の中のヨモギとの会話だった。
「コトリママ、また、お餅とお話してる笑。」明日香が笑う。
「そう言う明日香も、しょっちゅうお花とお話しているでしょ笑?」
「あたしは、お花のお話をきいてあげてるんだもん!」
そういった能力を持たない匠は、二人の楽し気な会話にただ顔を緩ませながら、目的地へと運転を続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
室生龍穴神社に到着。
「すごい・・・」琴音の口から感嘆が漏れる。
その神社には神主さんや巫女さんは常駐しておらず、自然に囲まれた静かな社寺に家族三人だけが参拝に来ている状態となっている。石の鳥居は苔むしており、鳥居の上に堆積した土から若木が芽を伸ばしていた。
数十メートル先に見える拝殿までの空間はただガランとしていて、天へと伸びるかのような巨木に囲まれている。空は晴れ渡っていたが、その空間はひんやりと薄暗く、自然と厳かな心持へとなってしまう。
「コトリママ、子供の犬がいる!」狛犬を見ていた明日香が、大きな声をあげた。
「ホントだ。この狛犬だけ、子連れなのかな。・・・あ、でも、小さい子は大きなほうに踏まれちゃってるね笑」と、琴音。
「なんか、四天王の仏像に踏まれている餓鬼みたいだね。」と、匠も会話に加わる。
しばらく三人でその空間を散策したが、当初の目的である雨乞いにまつわる情報は得られなかった。改めて、匠がスマホで雨乞いに関する情報を検索。すると、すぐにそれらの情報は集まった。
「ねぇ、コトちゃん。どうやら、雨乞いの儀式が行われたのは奥の院みたい。ここから車で五分くらいの場所みたいなんだけど、移動しよっか?」
「そうなんだ。了解。・・・明日香、ちょっと移動するよ~」
明日香は根元で一体化した不思議な形の二本杉を眺めていたが、母の声を聞いてすぐに走り寄った。二本杉の前には「連理の杉」という説明書きが備わっており、そこには家庭円満のご利益があると記されていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
山の奥へと車が進むにつれ、琴音は木々のパワーが強まっていくのを肌で感じていた。一般的にパワースポットと呼ばれるエリアは、琴音にとっては “パワーのある木々が生息するエリア”であった。
「ねぇ、タク君。このあたりって、たぶんパワースポットになってるよね?」
「コトちゃん、さすが。さっき調べたサイトによると、室生龍穴神社や奥の院を含むこのあたり一帯が、まさにパワースポットになっているみたい。それってどんな風に感じるの?」
「日常的に人と接している草木って、たいてい、私も明日香もちょっとした会話ができるんだけど、パワースポットの木々はそういったことに関心がないみたいで。地球規模でつながり合いながら、膨大な情報をやりとりしているようなイメージ。その場にいるだけで、たくさんの情報が頭に入ってくるって言うか・・・、全く理解はできないんだけどね笑」
「そうなんだ。・・・昔、一緒に行った春日山原始林も、確かそうなんだよね?」
「そうそう笑。私がタク君にOKの返事をした春日山原始林」
「そうだった笑」
そんな風に会話をしているうちに、車は目的地へと到達。
吉祥龍穴と書かれた標識の横に山を下る道が見える。三人はそこから谷の下へと向かった。
空気はひんやりと、三人の首元を冷やす。太さのまばらな木々が立ち並び、古木の巨大な切り株は、柔らかそうな苔で緑に覆われていた。所々に「神域です」「清掃第一」という立て看板が立てかけられている。
「ねぇ、タク君、この木、何かわかる?」琴音は低木を指さして、夫にクイズを出す。
「え、これ?・・・ごめん、全然」
「たぶん、クロモジ。一か所から葉がバッと広がっていて、葉っぱの根元がちょっと赤みがかってるでしょ?」
「そうなんだ。じゃあ、これが・・・」
「そうそう。この乾燥葉を使って私の店のクロモジ珈琲ができるって訳」
そんな会話をしている間に、三人はちょっとした小屋のような場所に到着した。
※続きはこちらより