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小説:コトリとアスカの異聞奇譚 3-1

第三章「雨乞い龍と古木」

 奈良県宇陀市室生にある真言宗の大本山、室生寺。奈良市から50分ほど車を走らせた場所に位置する、山に囲まれた幻想的な寺院である。

 都市部から離れているにもかかわらず、人通りはそこそこある。もちろんそのほとんどが参拝客や観光客なのだろう。門前町にはお食事処や草餅の売店が軒を連ねている。

 そんなお食事処のひとつで、川原家の三人は食事中だ。匠(たくみ)と琴音(ことね)の夫婦、そして、五歳になる娘の明日香(あすか)。匠は山菜定食を、琴音と明日香はそうめんを分けながら食べている。畳の広い客間。昭和や平成の初期を知る日本人なら落ち着きを感じる空間だ。

 しかし、明日香はそうめんを一口食べただけで、ランチ終了を宣言した。「コトリママ、もういらない。」・・・でも、それは仕方がない。ついさっきまで、三人はブルーベリー狩りを楽しんできたからだ。

「明日香、ブルーベリー、ずっと食べてたもんね笑」
「うん。あたし、ブルーベリー食べて、かしこくなるんだから」

 先日、ブルーベリーの花言葉が『知性』だと知ってからの、明日香にとっては念願のブルーベリー狩りだった訳だ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 温かいそうめん(にゅうめん)は瑞々しい水菜とサヤエンドウで彩られ、出汁と柚子の香りが食指を誘う。黒い木耳のコントラストも美しい。

 山菜定食には竹の子の木の芽和え、ぜんまいのピリ辛おひたし、季節の味付き根菜、あまごの甘露煮などが付く。摺り下ろした自然薯に至っては粘り気が強く、つきたての餅のようであった。

 せっかくの美食であったが、明日香を待たせないようにと二人は食事を急ぐ。が、突然、隣の席から大きな声が聞こえてきた。

「雨乞いってなぁに?」

 明日香の声だった。琴音が慌てて振り向くと、明日香は老夫婦のテーブルの端にちょこんと座りながら、二人の会話に参加していた。

「あ、すみません!・・・明日香、お二人の邪魔をしないの。」琴音は急いで明日香を自席に戻そうとした。匠も琴音もおっとりとした、どちらかと言えば内気な夫婦だ。なのに、なぜこんな物怖じしない子供が育ったのかがいつも不思議である。

 ただ、老婦人は問題ないからと、琴音をやんわりと制止する。
「いいのよ。お嬢ちゃんに雨乞いのお話、してあげるね」

 明日香は目を輝かせながら、老婦人を見つめている。琴音は無言でスミマセンと会釈をしながら、自席へと戻った。

「雨が降らないと、お花は枯れちゃうでしょう?」
「うん。水が欲しいっていつも言ってる」
「・・・あら、お嬢ちゃんはお花の言葉が分かるの?」
「そうだよ。お花とお話しするの」
「あら、素敵ね笑。・・・でもね、ずっと雨が降らない時もあるの。お米も育たなくなっちゃう。そうすると、お嬢ちゃん、どうなると思うかしら?」
「ごはんが食べられなくなっちゃう」
「うふふ。そうよ、賢いのね」
「うん。さっきブルーベリーをたくさん食べてかしこくなったんだよ」
「あらあら。・・・それで、そうなったら困るから、神様に頼んで雨を降らせてもらうの。そのお願いのためのお祭りが、雨乞いなのよ」

「ふうん。神様はどうやって雨を降らせるの?」

 改めて、静かな店内に明日香の大きな声が響く。琴音は、明日香が失礼なことをしないかと気が気ではなかったので、せっかくの料理を味わって食べることができなかった。

「うふふ。本当に賢いお嬢ちゃんね。・・・ねぇ、お父さんとお母さん」
 そう言って、老婦人は琴音夫婦のほうへと顔を向ける。
「この先に龍穴神社という神社があるんですけど、そこが平安時代あたりからの雨乞いの神社らしいの。お散歩がてら、三人で行かれてはいかがかしら?」

「へぇ〜、ありがとうございます。・・・明日香、その龍穴神社っていうところに行ってみる?」
「雨を降らす方法も、お嬢ちゃんだったら見つけられるかも?」老婦人が口を添える。

「行く!」
 明日香のその一言で、川原一家の身の振り方が決まった。

※続きはこちらより


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