小説:コトリとアスカの異聞奇譚 2-14
2人目、3人目、4人目と、順番に心の痛みが語られていく。就職がまったく決まらないといった心の痛み。ストーカー被害に怯えているという心の痛み。肉親の死という悲痛な痛みもあった。
そんな心の痛みが一人ずつ語られ、辛い部位を両隣に座る仲間に触ってもらい、「飛んでいけ!」でどこかに飛ばす。そして、その穴を花言葉によって埋めるのだ。
3人目までは、一人ずつ粛々とイベントは進んでいった。ただ、4人目を超えたあたりから、だんだんとその場が熱を帯びていく。心の痛みを発表すると、その場の全員が一緒に怒り、悲しみ、怯え、その痛みを共有した。そして、参加者全員が「飛んでいけ!」と叫んだ。
たまたま熱量の大きい参加者たちが集まったからなのか、花言葉ナイトという場が女性たちの心を開放しやすい場だったからなのかは分からない。どちらにしても、その熱量は葵が全く想像しないものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
参加者たちの発するエネルギーに心を動かされながらも、主催者ということもあって、葵はなんとか進行を続けた。そして、早いもので、とうとう最後の11人目となった。
「では、今日の最後は山科さんです!」
「みなさん、よろしくお願いします。山科真帆、行きます!私はみなさんと比べて大した悩みじゃないかもしれないんですけど・・・」
「悩みはみんな一緒やで!」「痛いのはみんな同じ!」と、他の参加者より、即座に合いの手が入る。
「ありがとうございます。・・・私は彼氏のことなんですけど・・・彼、二人の時はすっごく優しいんです。でも、他の人の前で私のことを話すとき、いつも私のことをちょっとバカにしたような話し方をするんです」
葵は先日の『こいつ、アホでしょ?』という男性客の言葉を思い出した。他の参加者からも「それはアカンわ~」などと聞こえる。
「この前も『こいつ、料理とかまだまだで』とか、私の友達の前で言って。で、友達からは後で『真帆の彼氏さん、ちょっとモラハラの気があるかもね』ってメールもらって。そのことを彼と話して大喧嘩になって」
「それはアカンやろ」「一緒に叱りに行ってあげるで!」と合いの手。
「みんな、ありがとう。一応、説明すると、家では料理のことも褒めてくれるんです。美味しい美味しいって。結構、優しいんです。なんで、人前であんなこと言うねんって。私、訳がわかんなくて・・・」
「彼氏さんのこと、好きやねんな」という誰かからの言葉が耳に入り、真帆は目に涙を溜めた。
「真帆さん、あの彼氏さんのことで心に痛みをお持ちなんですね。身体のどこに、辛さを感じますか?」
「・・・私は、息が苦しくなるというか。首のあたりをウって締められるような感覚になるんです」
自然な流れで両隣の参加者は立ち上がり、真帆の首の下側や後ろ側をさする。その場の誰しもが真帆の痛みに共感し、真帆を痛みから解放させてあげたいと願った。
「じゃあ、真帆さんの痛みをどこかへ飛ばしてあげましょう。では・・・痛いの痛いの・・・」
「飛んでいけ!!」「飛んでけー!!!」「飛んでいって!」「飛んで行ってしまえ!!」みんなの言葉が一つの振動となって講堂の空気を震わせる。
全員はバッと立ち上がり、真帆を囲み、頭をなでたり肩をさすったり、ハグしたりした。
「真帆、これまで頑張ったなぁ」「よしよし」「頑張って彼氏に伝えるんやで」思い思いの言葉で真帆を励ます。
気づくと立ち上がった者同士で肩を組み、そして、みんなで泣いていた。
講堂の端で待機していた琴音は立ち上がり、真帆に近づき、そして、花束を差し出す。
「真帆さん、たくさん頑張られたんですね。こちら、ハイビスカスの花束です。花言葉は信頼。彼氏さんと信頼し合い、その関係をさらに良い、新しい関係にリフレッシュできたらと思って選びました。・・・ハイビスカスさん、真帆さんを助けてあげてね。」最後は花に言葉を投げかけてから、琴音は花束を真帆に手渡す。
真帆は花束を上へと掲げ、そして、全員が拍手した。葵もその光景に感動を覚えながら、輪の外から拍手に加わった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
場が少し落ち着き、葵はイベントを締めくくる挨拶をしようと一歩前へ出る。その時、参加者の一人が言葉を発した。
「ねぇ、主催者さんって、葵さんだったっけ?」
「はい。関口葵と言います」
「よかったら、葵さんの心の痛みも聞かせてよ。葵さんも、私たちと同世代でしょ?」
えっ?と葵は驚いたが、すでに参加者全員が葵に注目していて、笑顔で葵の言葉を待つ感じとなっていた。
「そうだよ。私たち、もう十分に感動させてもらったから、葵も輪に入って一緒に過ごそうよ」「葵ちゃんおいで~」
参加者は全員立ち上がって輪になっていたが、その輪に一人分のスペースが作られる。
一瞬、心臓が動悸した。人と触れ合うことへの抵抗感がまだ残っていたんだと葵は自己分析する。でも、この一連の活動の大目的には自分の人見知りの解消も含まれていたんだった。
一歩前へ踏み出さなきゃ。葵はそう思い、輪の中へと入っていった。
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