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小説:コトリの薬草珈琲店 5-1

5章 施薬院談義

 12月の日曜日、16時。デザイナーの川原君から、琴音のスマホにメッセージが入った。店は開いていますか?という。今はお客さん誰もいないので来てください〜と返答すると、しばらくして川原君がもう一人、男性を連れて店に入ってきた。

 あれ?見慣れた顔だ、と琴音は思う。そうだ、時々、ランチタイムにカウンター席に来てくれている、メガネをかけたワイシャツ男性だ。今日はさすがに日曜日ということで、カジュアルな服装だ。

「琴音さん、突然、遊びに来てしまいました」
「いえいえ、こんにちは。そちらも、いつも店に来てくださっている方ですよね?」
「はじめまして、というのは変ですけど、いつもランチを食べに来ている福田と言います」
「福田さんですね。いつもありがとうございます」

 カウンター席を勧め、二人が腰を落ち着けたあたりで、店の奥から佳奈が元気よく姿を現した。「じゃあ、コトリさん、今日は失礼しますね・・・と、川原さんですか?・・・あれ?お二人はお知り合いだったんですか?」よく見かけるメガネの男性を見て、佳奈は少し驚きの声を上げる。
「あ、佳奈さん。この福田君は僕の大学の後輩なんです。福田君がここによく来ているって知って、驚いたんですよ」
「お〜。ではまた、コトリさんに話し合いの結果を報告してもらいますね・・ちょっと急ぐので、今日は失礼します」
 佳奈はバタバタと店を飛び出していった。今日は用事があるらしく、少し早い退勤だ。

「お二人は何になさいます?」メニューを眺めている二人にオーダーを聞く。
「僕はこの、季節限定のニオイコブシ珈琲ってのにしてみようかな」と川原君。
「僕のほうは、これまで飲んだことのないスギナ珈琲にしてみようかな」と福田君。
「ありがとうございます。少しお待ちくださいね」

測りをふたつ。その上にコーヒーカップ、ドリッパーをそれぞれ乗せて、フィルターをセット。深煎りのコーヒー豆15gに乾燥したスギナを1gほど加えてミルで粉砕。ひとつのフィルターの中に移す。ペーパータオルでミルを軽く拭く。浅煎りのコーヒー豆15gにニオイコブシの乾燥葉を2g加えてミルで粉砕。それをもうひとつのフィルターの中に移す。沸騰して数秒立ったお湯を測りを見ながら交互に注ぎ、少し揺らし、少し待ち、また注ぎ、少し揺らす。両者のお湯が落ちきったら出来上がりだ。ショーケースからカヌレを2つ出し、小皿に一つずつ乗せる。

「お待たせしました。こちらがスギナ珈琲ですね。そしてこちらがニオイコブシ珈琲。カヌレは、来ていただいたお礼ということで笑」
「おぉ、ありがとうございます」「いただきます」男性陣がそれぞれコーヒーカップの持ち手に指をかける。

「お二人、お知り合いだったんですね。すごい偶然」
「いや、そうなんですよ。金曜日に昔のサークル仲間で集まって飲んでたら、この福田君がときじくさんによく来てるっていうからびっくりして」
「いやいや、こちらの先輩が自分のデザインしている奈良の会社をベラベラとしゃべってたら、ときじくさんの名前が出てきて、びっくりしたのは僕のほうでしたけど笑」
「そうやったっけ?ごめんごめん、酔ってたのかな」
「機密情報、大丈夫なのかっていう笑」

「でも、福田さんもいつも来てくださってありがとうございます」
「いえいえ、素敵なお昼の時間を過ごさせてもらってますので」
「福田君は、奈良のツアー会社に勤めていて、時々、ガイドもしているんですよ。奈良時代から続く薬草文化を感じたいとかでここに通ってるんだよね?」
「なんで先輩が僕の説明を笑。・・・ええ、はい。いつもは嫁さんがお弁当を作ってくれるのですけど、お弁当のない日に、ランチに来させてもらっている感じです」
「福田君、新婚なんですよ。」川原君が福田家のステータスを解説する。
「県内のツアーとかそういうのですか?」
「そうですね、会社的には奈良県在住者向けの県外ツアーのほうが圧倒的に多いんですけど、最近は県外の方を奈良に案内するツアーも増えてきて。それで奈良の勉強を改めて始めている感じです。まだ全然分かってないんですけど」
「そうなんですね、奈良時代のこと、ロマンありますよね」
「ですね。勉強を進めていくと色々な知識が繋がっていって。サスペンスみたいに、歴史の謎を解いていっている感じですね」
「お二人はどういった先輩後輩なんですか?」
「大学のテニスサークルですね。僕が文学部で、彼が文化財か歴史か何かの学科。確か院まで行って、いまの会社に就職したんだよね?」
「また、この人は全部言ってしまう笑。・・・はい。その通りです。大学とは関係のない仕事に就職してしまったと思ったら、意外と近い領域でした」
「川原さんはデザインの学科の卒業という訳じゃないんですね」
「ああ、なるほど。そうですね、会社に入ってからデザインの勉強をする人間は結構いるんですけど、僕もその類です」

 会話をする間、福田君は琴音のほうをちらちらと見てきていた。いや、正確には、琴音の首元を気にしているようだった。いつもはおっとりしている琴音でもさすがに気になったので、そのことが口に出てしまう。「あの・・私、首に何かついてます?」
「あ、ごめんなさい。時々、首から勾玉をされてるでしょ?今日もされてるのかなと思って」
「これのことですか?」服に隠された勾玉を出し、指からぶら下げてみた。
「うん、それそれ・・・もしよかったらですが、少し見せてもらってもいいですか?」
「おい、それはちょっと・・・」と言いかけた川原君の言葉にかぶせるように、琴音は「全然、いいですよ。」と笑顔で伝え、細い皮紐を首からはずし、母が残した黒い勾玉を福田君に手渡す。

「へぇ〜、なるほど。」福田君は勾玉を見ながら興味津々の様子だ。
「勾玉ひとつで何か分かるの?」川原君も福田君の頭の中が気になるようだ。
「うん。弥生時代、あるでしょ?弥生時代の勾玉は緑色のものが多いんですよ。翡翠の勾玉」
「へぇー」「へぇー」琴音と川原君も福田トークに興味を持ち始める。
「その前の縄文時代はただの石をくりぬいたものが多くて。弥生時代に美的感覚が進化したというか。そして次の古墳時代には、赤の不透明の勾玉が出てきたんです。緑の勾玉が普及する中、権力者が赤色でアピールしたというか」
「うんうん」「なるほど」
「そこから半透明の琥珀色の勾玉やガラスや水晶でできた透明の勾玉も出てきたんですけど。・・・聖徳太子の冠位十二階ってあるでしょ?服の色で身分が分かるという。あのあたりから、勾玉が重要視されなくなってきたんです。勾玉が廃れたというか。服の色のほうが大事になったんです」
「すごい、勾玉の色で時代が分かるんですね。ふむふむ・・・あ、そうだ、それで、何が『なるほど』だったんですか?」
「そうそう。で、この勾玉って黒色でしょ?それが珍しくて。形状的には初期の勾玉っぽいんだけどなぁ・・・」
「はは。でもこれは、私の母が古物市で自分用に買ったものですよ。そんなに古いものではない気がするんだけど」
「そうかもしれないし、意外と古いものかもしれない。古墳の埴輪や装飾品も、結構、深くない場所に安置されていたりするんですよ。だから意外とっていうこともあり得るんで。・・・でも、ありがとうございます。職業柄、何か出土品を見ると色々と想像してしまう癖がついてきたんで笑。」
 福田君は勾玉を琴音に返す直前に、ふと、そこに刻まれている傷が気になった。しかし、続く琴音の冗談に意識を持っていかれてそのまま返してしまった。「出土品って・・・笑。古物市で発掘された出土品ではありますけどね笑」

「薬草がテーマのお店ということで、当時の奈良に想いを馳せられるなぁと思って、それがこの店が気になっている理由の一つではあるんですが・・・」と、福田君は店に通う理由を説明する。
「ありがとうございます」
「その黒い勾玉を何回か目にして、一度じっくりと見られたらなぁと思っていて。それがここに来ているもう一つの・・・ほのかな理由だったんですよ」
「で、僕に一緒に行ってくれって懇願してきたわけ笑?」川原君がツッコミを入れる。
「ん?・・・でも、本当に行きたそうにしていたのは先輩だったような気がするけどなぁ・・・。あ、もしかして・・・」
「やかましいわ笑」と、川原君は後輩の発言を制する。
「・・・まあ、いいでしょう。許しといてあげましょう笑。・・・でも、店長さんも、急に『首の勾玉、見せてください!』って告白されたらびっくりするでしょ?」
「それもそうですね笑」
「はは、そりゃそうだ笑」
「で、私の勾玉は堪能いただけましたか?」
「はい。存分に堪能しました笑」

 そう言って、歴史好きなメガネ男性は、満足そうな笑顔を見せた。

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