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小説:コトリの薬草珈琲店 6-2
凛と琴音は高校も大学も違う学校に進んだが(ちなみに、琴音は大学では生命科学を、凛はマーケティングと心理学を専攻)、凛はよく琴音の家に遊びに行っていた。遊びに行くと言っても、暁子や琴音とダラダラとおしゃべりしたりするだけだったが。
大学時代、琴音にはじめての彼氏ができた。真面目な男の子だったが琴音のことを好きになって、頑張って告白したようだ。そして、すんなりと付き合い始めたのだが、半年くらいでその関係は解消された。琴音に理由を聞いてもよく分からないようだったが、凛には何となく理由が分かっていた。人に対する反応が薄い琴音に、付き合っているという実感が持てなかったんじゃないかな、と。真面目な男の子ならなおさら。
凛のほうは、大学4回生の時に二人目の彼氏ができた。今も付き合い続けている渡辺君だ。ただ、恋人がいたとしても、凛の今里家への訪問は変わらず続いていた。異性を好きという感情と、心の底から落ち着くという感情は別物なのかもしれない。
二人は社会人となった。凛は、地元の友人のツテで、今も働いているデザイン会社へと入社。大学でマーケティングや心理学を習っていたことも少しばかりは活かされただろう。基本的には奈良県下の中小企業を相手に、デザインの力でそのビジネスをお手伝いする仕事だ。凛の人付き合いの良さ、そこからく地元愛も、彼女の営業職を後押しするポイントとなっていた。
一方、琴音は、大学で紹介を受けた大阪の食品会社で働くこととなった。研究開発部門に所属するという名目で入社したが、同部門は実際はそれほど研究も開発もしておらず、プロダクトマネージャーと広告代理店の間で話し合われたアイデアの商品を自社で生産できるか、その確認をするような部署であった。そのため、クリエイティビティを発揮してキラキラと仕事をしていたというよりも、社内で決められた仕事を淡々と続けていたというのが正直なところだ。
琴音と凛が28歳になった年の夏の休日、今里親子と凛の三人で、奈良の古物市に行くこととなった。実家を出た凛は、5分ほど歩いていつもの、大きな椿のある白壁の一軒家に着いて、玄関のチャイムを鳴らす。そしてそのまま慣れた様子で扉を開け、家の中の二人に声をかけた。
「こんにちは~。着きました~」
少しバタバタと音がして、「あ、ごめん、入ってちょっと待ってて」と暁子の声。
凛はいつもの定位置にカバンだけ下ろして待っていると、琴音が1階の自室から顔を見せた。
「凛ちゃん、おはよう」
「おお、コトリ。おはよう」
「あれ、その白い服、新調した?」
「うん。よくぞ気づいてくれました。渡辺君がこれがいいって言うから。まぁ、私も悪くないかなって思ったからいいかなって。夏だし。・・・あれ、でもコトリが人のファッションに興味を持つような発言をしてビックリしたわ笑」
「もう・・・、一応、これでも普通に生きている人間ですから笑。でも、凛ちゃんの言う通り、私ってあんまり人に興味がないみたいで。自分でもそのことが気になってるから、最近は人に興味を持てるように頑張ってるんだよ」
「お、偉いぞ、コトリちゃん。人間、常に成長するもんだねぇ笑。」凛は、幸せそうな笑顔を琴音に向けた。
そして少し時間がたってから、用意を済ませた暁子が二階からバタバタと降りてきた。
「暁子さん、おそいぞ~」
「凛ちゃん、ごめ~ん。最近、時々、胸がキュッと痛くなるんだ。身体を落ち着かせながら用意をしてたら、遅くなっちゃった」
「え、大丈夫ですか?病院とか行ってます?」
「うん、まぁ、簡単に言えば加齢ですねって笑われちゃった。ひとまず心配はないから、様子を見ましょうということなんで、ご心配には及びません」
「う~ん。その先生、ちゃんと診てくれたのかなぁ」
「もうちょっと、ちゃんと診てもらいなよって言ってるのに、全然聞いてくれないんだよ。」と琴音も母への不満を漏らす。
「まぁ、お二人とも。これは齢のことなんで、しょうがないことですわ。」ははは、と暁子は笑う。凛が琴音の母と出会ってからおよそ15年。彼女は今、50代の後半くらいだろう。このあたりの女性というのは、こんな感じなのだろうか。
三人は自宅の小さな駐車場に停めてある黄色い4WDの軽自動車に乗り込む。昔は暁子が運転席、琴音が助手席、凛が後部座席の定位置だったが、今は琴音が運転席、暁子が助手席へと変わっている。目的地は、少し前にできた大きなコンベンションセンターだ。同施設の目前にある広間で、蚤の市が開催されている訳だ。
車の中で、今里家の最近のトレンドの話題となった。
「最近ね、琴音と二人で薬膳茶を習ってるんだ」
「薬膳茶ですか」
「うん、薬膳茶。体調に合わせて、薬膳の理論を使いながら色々な薬草をブレンドするんです」
「へぇ~。薬膳茶。じゃあ今度、私にも処方してもらおうかな?」
「いいよ~。というか、琴音にしてもらうといいよ。元理系だからなのか、実技・・・教室内でお互いの体調に併せた薬草をブレンドするんだけど、琴音がめちゃくちゃ先生に褒められていて」
「うん、まぁ、葉っぱが色々と教えてくれるからね笑。」琴音が少しだけ、口をはさむ。
「教室でも、いつもこんなこと言ってんのよ~、この子は。変わってるでしょう笑」
「うん、コトリの妖精っぷりに磨きがかかってきたね~」
小さな車の中、女三人で笑った。そして、凛ちゃんは何か体調で気になるところある?とか、暁子さんこそ自分用の薬膳茶作ってくださいよ、とか話をしているうちに、目的地の駐車場にたどりついた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
琴音と凛が仲良く古物市のブースを回る中、暁子は単独行動で店を回る。特に欲しいものはなかったが、素敵な観葉植物でもあったら買ってもいいかな、くらいの意識だった。古物市なのだが、アンティークな品々に紛れて観葉植物も売られている。
ふと、周りのブースと雰囲気が異なるブースが目に入る。ほぼ全てのブースが“お洒落な”古物の店舗であるのに対して、その店だけは”圧倒的に古めかしい”雰囲気だった。でも逆に、変に飾られていない、本物の掘り出し物もあるのかもしれないと思い、暁子はブースに足を踏み入れる。そしてなぜか、迷わずに、雑多に並べられている装飾品の中から一つを手に取った。それは黒色の、表面に傷のある勾玉だった。
「お嬢さん、それに惹かれたんか?」と、唐突な声に少し驚く。その場には似つかわしくない、かなりの高齢男性だ。ただ、彼の立ち上がった椅子の場所から考えて、このブースのオーナーだろう。
「ええ。なんか、直感で手に取っちゃいました」
「そうだろう。俺が分かるのは、あんたは選ばれたっていうことと、あんたが望もうと望まないでいようと、それを手にした者には使命が課せられるっていうことだけだ」
「えっ、どういうことですか?」
「俺もそれは知らん」
会話のできない爺さんだ、と暁子は思ったが、自分自身もその勾玉に何かしら特別なものを感じたので、少しの間、手に持ち続けた。
「お嬢さん、あんたはそれに何を感じる?」と、高齢の店員が聞いてくる。
「ええ。なんか、お互い長い間生きて、頑張ってきたねっていう・・・、同志?仲間?なんか、そんな感じがしますね」
「そうかい。あんたはそう感じるんか・・・それ、あんたにやるよ」
「えっ、でもこれは売り物じゃないんですか?」
「いいから。俺がいいって言ったらいいんだ」
でもそれは悪いからと、暁子はいくつかの品物を買ってブースを出た。
「え、その勾玉もらったんですか?」
古物市からの帰り際、琴音と凛にその話をすると、二人は当然のように驚いた。でも、凛などは「まぁ、暁子さん、美人ですもんね~」などと自分なりの理由を付けて納得したようだった。暁子もそれに「よく分かってるやん笑」と答えて、また三人で笑った。
その日から暁子は、その勾玉を服の中に隠す形でいつも身に着けるようになった。時々、琴音もそれを目にするのだが、よっぽど気に入ったんだろうと思うくらいで特に気にも留めなかった。
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