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小説:コトリとアスカの異聞奇譚 2-13
軽い準備を終え、葵は改めて11人の前に立った。お寺の講堂は暗く静かで、中心にある灯が参加者たちの顔をやわらかい暖色へと色づけている。
「では、みなさん。これから花言葉ナイトの本番へと移りたいと思います。みなさんからは事前に、今、心が痛いと感じている事を教えてもらいました。その痛みをこの11人の力と花言葉の力でどこか遠くへ飛ばしていきたいと思います」
楽しげだった参加者の顔が少しだけ引き締まる。そう、私はこの人たちの悩みを一緒に解決するためにここにいるんだ、と葵は改めて気を引き締めた。
「じゃあ、最初のくじ順でもいいですか?」
葵がそう聞くと、参加者はみんなうなづく。OKだ。
「では、1番の西園寺さん、改めてご自身の心の痛みをお話いただけますか?みなさんの前ということもあるので、お話いただける範囲で大丈夫です」
「分かりました。じゃあ、西園寺がトップバッターで行きます。・・・えっと・・・」少し、沈黙。
「・・・いいんですよ。ゆっくりと、話しやすい感じでお話しください」
「ううん、大丈夫。私はいま、京都の織物の会社で営業として働いているんですけど・・・私、織物が好きなんです。ですけど、ひとりの職人さんが本当に言葉通りの職人気質というか、すごく言葉がきつくて。その職人さんにお客さんの要望を伝えても、すごい罵詈雑言というか。私のことだけだったらいいんですけど、だんだんと、お客さんの悪口まで口にするようになるんです。私はただ、お客さんに私の好きな織物を通して笑顔になって欲しいだけなのに、あんな風に言うなんて、本当に悔しいというか、悲しいって言うか・・・」西園寺さんはそう語りながら、目に涙を溜めはじめる。
「西園寺さん、大変な思いをされているんですね。じゃあ、そんな悔しい、悲しい気持ちの時って、身体のどこに痛みが現れると思いますか?」
「痛みじゃないですけど・・・胸とか背中が苦しくなります」
「分かりました。では、西園寺さんの両隣の方、西園寺さんの胸とか背中をさすってあげてもよろしいですか?」
葵がそう言うと、両隣の女性が立ちあがり、西園寺さんの胸や背中に手を触れ、優しく撫でる。
「では、三人で同時に『痛いの痛いの飛んでいけ!』と言って、西園寺さんの痛みを飛ばしましょう。・・・じゃあ、いいですか?・・・痛いの痛いの」
「飛んでいけ!」
「飛んでいけ!」
両隣の女性はバッと手を伸ばし、西園寺さんの痛みをどこか彼方へと放り投げた。
「西園寺さん、大丈夫ですか?」
「ううん、ありがとうございます。なんだかとても、スッキリしました。何と言うか、あの職人さんも織物に対する愛があっての叱咤激励なので、なんとか上手くやれるように、もうちょっと頑張ってみようと思います」
「素敵です。私も応援しますね。・・・そうそう、そんな西園寺さんに花言葉のエネルギーを注ぎたいと思います」
「花言葉のエネルギーですか?」
「はい。そんな西園寺さんにはちょっと早咲きのガーベラをお渡ししますね。この赤いガーベラの花言葉は愛や挑戦です。」葵がうなづきながら横を向くと、そこには一輪のガーベラを手にした琴音が待機していた。
「ガーベラさん、西園寺さんに挑戦のエネルギーを分け与えてあげてね。」と琴音がつぶやと、ガーベラは微かに輝き、琴音だけに聞こえる言葉で<ワカッタ>と返答した。
明日香ほどではないけれど、植物と会話ができる琴音の能力。それを使ってのイベント進行であった。
西園寺さんは花を受け取り、他の参加者にも見えるようにその花を上へと掲げた。
「ガーベラの挑戦のエネルギーをいただきました」
パチパチと拍手を受けながら、自分の番を終えた西園寺さんは、スッキリとした顔で自分の席へと腰を下ろした。
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