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小説:コトリの薬草珈琲店 8-2

 土曜日。開店早々、デパートの「薬草と生きる」会場には客が集まってきた。東京は人口が多いこともあって、こういったテーマに関心の強い人の数も多いのだろう。客層は40~60代の女性が多めではあるが、通りすがりの来店も加わってか、そこそこ年代は分散しているようだ。

 ときじく薬草珈琲店ブースへの一番乗りは、中野でカフェをしているという男性だった。応対は琴音が行った。
「薬草珈琲ってはじめて聞いたんですけど、珍しいことされているんですね」
「ご興味をもっていただいて、ありがとうございます。日本には良い香りがして、しかも身体に良いとされる薬草や薬木がたくさんあります。それをコーヒーをベースとしながら楽しむのが薬草珈琲なんです。カフェのオーナーさんでしたらお詳しいと思いますが、コーヒーも神の飲み物と言われるように身体に良い成分がいくつも含まれていますが、そこに薬草の良さをプラスする感じですね」
「へぇ~、なるほど。これって、店長さんが発案されたんですか?」
「半分はYesなんですけど、これまでも国内の色々な場所でクロモジ珈琲などは提供されているんです。沖縄だったらゲットウ珈琲なども一部の店舗で提供されていたりします。また、スパイス珈琲というコーヒーの飲み方はご存じかもしれませんが、カルダモン珈琲、シナモン珈琲などもすでにあります。私がしたかったのは、それらをひっくるめて薬草珈琲というジャンルを作りたかったんです。そうすると、もっとたくさんの薬草にも人々が興味を持ってくれると思って」
「なるほどねぇ。・・・店長さんって、最終的には何を目指していらっしゃるんですか?」
「そうですね、3年前に母を失くしたんですけど・・・」
「そうなんですね・・・」
「・・・その時、もっと早く気づいていたらとか、ちゃんと自分たちでも体調管理できていたらとか、たくさんの後悔を感じたんです。そんな悲しい後悔を周囲の人には感じてもらいたくない。それが、薬草珈琲の原点なのかもしれません」
「ちょうど国も、未病に注目してたりしますもんね。」と、佳奈が口をはさんできた。
「あ、この子は佳奈ちゃんって言って、うちのエースなんです。」琴音が紹介すると、「そうなんですね、よろしくお願いします」「よろしくお願いします」と二人はお互いに挨拶した。

「変なご質問ですけど、薬草珈琲をうちの店で出しちゃってもいいですか?・・・すみません、ちょっといきなり過ぎですかね?」
「いえいえ、喜んで。私は、もちろん自分の生活のために奈良でカフェをやってはいますが、薬草珈琲を広めることが自分の使命だと思ってるんです。そちらが中心です。ですので、喜んで、がご返答です。」琴音はそう、笑顔で返答する。
「またいつか、詳しくお聞きはしたいんですが、よければ簡単に淹れ方を教えてもらってもいいですか?お時間大丈夫ですか?他のお客さんとか・・・」
「まだ混みあっていないので、よかったら簡単にお話しますよ」
「では、お言葉に甘えて」
「大きく3つの淹れ方があります。ひとつは豆と一緒に薬草をグラインドするパターン。クロモジの葉っぱやスギナなど、葉っぱモノに適した淹れ方です。薬草の種類によってはペーパフィルターのメが詰まりやすいかもしれないので、それは肌感覚で掴んでいただけたらと思います。もう一つは、事前に薬草木を煮出しておいて、その抽出湯でコーヒーを淹れるパターン。クロモジの枝などグラインドが難しいものはそういった淹れ方が適しています。最後はパウダーですね。」
「パウダー」
「はい。クロモジも微細粉末にすると、インスタントコーヒーに少し足してお湯を注ぐだけで薬草珈琲になってしまうんです。あとは、ハトムギ粉などもカフェオレによく合いますね。いまの季節ならジンジャーパウダーを足しても身体が温まって美味しいです」
「すごい。研究し尽くされてますね。先ほどから話に挙がっているクロモジっていうのは、薬草なんですか?」
「木なんですけど、日本全国にまんべんなく生えているらしいですね。葉っぱも枝もネット通販などで見つけやすいので、まずは薬草珈琲の一歩目としてはクロモジから始められたらいいと思います。香りも良くてペアリングを考えやすいので」
「フードペアリングですね」
「ですです笑」
「すみません、たくさん教えていただいてしまって。・・・じゃあまた、ご連絡させていただきますね。すみません、ご挨拶が後になってしまいましたが・・」二人は名刺を交換し、中野のカフェオーナーは笑顔で去っていった。

 ここまでが開店してから10分以内の出来事である。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「琴音さん、この佳奈ちゃんって子も可愛いねぇ」
「えぇ、私の大事な可愛い後輩です」
「佳奈ちゃんは彼氏とかいるの?」
「いますが、副作用の話に戻ってもいいですか?」

 昼過ぎ。よく話が脱線する人懐っこい60代女性と二人は接客中だ。

「ええ、是非、教えて頂戴。美味しく飲めても体調が悪くなってしまったら本末転倒だし。気を付けておいたほうがいいことは気を付けておきたいからね」
「はい。薬草珈琲の副作用には三つほどの考え方があります。あ、でも、薬草茶もコーヒーも、両方とも一般的に入手できる普通の食品であることは前提としてご理解ください」
「はい。ご理解いたしました。」60代女性は佳奈に合わせて笑顔で返答する。
「一つは、薬草にも摂取しすぎたらダメなものがあるという点です。うちでは使っていませんけど、甘草という薬草にはグリチルリチンという成分が含まれていて、浮腫みや血圧上昇などが起こる可能性があるんです。同じく薬草珈琲では使えませんけど麻黄という薬草にはエフェドリンという成分が含まれていて動悸してしまう可能性もあったりします。まぁ、そういう薬草は素人判断では使わないのが吉(きち)ですね」
「はい」
「二つ目は、逆効果、というものです。例えば、身体に熱があってそれが諸悪の根源となっている時に身体を温める薬草珈琲を飲んだらどうなりますかね」
「だめよね」
「はい。だめです。浮腫みで困っているのに身体を潤し過ぎるのも逆効果。なので、ちゃんと自分の体質やその時の体調に併せた薬草珈琲を飲まないと逆効果になってしまうというのが二つ目の副作用です」
「了解しました。佳奈ちゃん先生」
「三つ目は、まだ分からないんです」
「分からない・・・?」
「はい。先ほどお話をした通り、薬草珈琲は普通に購入できるコーヒーと、普通に購入できる薬草茶の単なる組み合わせです。なので、両方とも安全性はクリアしたものなのですけど、その組み合わせで何かが起きないとは限らない。でも、何もないかもしれません」
「なるほどね、丁寧にその辺を検討してくれてるのね。佳奈ちゃんはそういったこと、琴音さんに教わってるの?」
「ええ、琴音さんには本当にたくさん、教わっています」
「あと、私の薬草の先生に佳奈ちゃんも習っているんです。佳奈ちゃんはすごく勉強熱心で、私よりも詳しいくらいで。」琴音がフォローする。
「そう。お話しするだけで元気をもらっちゃったかな。じゃあ、ここに売っている薬草珈琲、全部、それぞれ一つずついただこうかな」
「ありがとうございます。また、淹れ方などで分からい事があったら、こちらに連絡してくださいね。」琴音は名刺を渡し、店頭の薬草珈琲を一種類ずつ梱包した。

 女性が有難うと会釈して去り、琴音と佳奈の二人に刹那の静寂が訪れる。が、即座に、二人は左のブースの会話に耳を奪われてしまった。オオツカ妹のマシンガントークだ。

 自分が開発した商品への想い、開発する中で難しかったこと、こだわったこと、大切な成分、誰にどう使ってもらいたいか、お客さんの困りごとは何か、それに対して何がお勧めか。すさまじいスピードでトークが進んでいく。琴音と佳奈の二人は目を合わせて、すごいねとうなづきあった。
「さすが、妹ちゃんですね。やっぱり天才って感じやなぁ」
「私からすると佳奈ちゃんの知識の深さもすごいけどね」
「いえ、私なんか。本当に。オオツカの妹ちゃん、尊敬するわぁ。」いつもクールな佳奈がシビれているのを見て、こういう熱い想いを持っている子たちが次世代を担ってくれるのだったら安心だ、と琴音は思う。その子たちとは、オオツカ妹と、もちろん佳奈も、だ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 その日の夜、琴音と佳奈は薬膳料理を食べに行くことにした。井の頭線で吉祥寺から渋谷へ。渋谷で銀座線に乗り換えて表参道駅で降りる。そこから歩いて数分。階段を下りて店に入り、二人は注文を通した。琴音は薬膳粥、佳奈は薬膳ラーメン。二人で季節の野菜もシェアすることに。

「コトリさん、こんな薬膳系のお店、東京に他にあるんですか?」
「うん、結構あるよ。薬膳カレーで言えば、中目黒のお店、千駄木あたりのお店、あ、チェーンの薬膳カレーのお店もあったっけ。あとは、薬膳ラーメンのお店は確か・・、神保町にあったっけ。あと、普通に薬膳料理を謳っているお店もいくつか」
「なんで、奈良からあまり出ないコトリさんが、そんなにたくさん知ってるんですか?」
「時々、こういう出張の時に行ってたりしてました」
「えっ、ズルい~。私とお母さんに隠れて美味しいものを食べ歩きしてたんですね!」
「ごめん~笑。今度からは連れて行ってあげるから・・・交通費の補助が出れば・・・」
「食べ物の恨みは怖いですよ笑」佳奈はジト目で琴音に圧をかけた。

 そうこうしている間に料理は届き、二人は食へと進んだ。

「ねぇ、コトリさん。私、分かったんですよ。」薬膳ラーメンを食べ終えた佳奈は、琴音に声をかける。
「分かった。何が?」琴音はまだ粥をゆっくり食べながらも頑張って佳奈に応えようとした。
「薬草のおしゃべりをするのが好きなんだって」
「なるほどね・・」
「今日のオオツカ妹ちゃんもたぶんそうだと思うんですけど、自分たちの商品の説明をする時に快感を感じるんですよ。変ですかね、私?」
「ううん、分かるよ。妹ちゃんも佳奈ちゃんも、二人ともすごいマシンガントークだったし、おしゃべりしていて気持ちよさそうだった。時々、オオツカのお姉さんと目が合って、この二人すごいねって無言で会話してたんだよ」
「見られてましたか。お恥ずかしい。でも・・・もうひとつ気づいたんです」
「何?」
 ほんの少しだけ言い淀んでから、佳奈は返事した。「こういうお話のできるお客さん、東京にたくさんいるということが分かりました」
「確かに、奈良のお店は固定客も多いし、普通のカフェとして来店する人も多いからね」
「昔、ライターの久木田さんが「知的富裕層」という言葉を使っていたの、覚えてます?」
「雑誌「minori」の人だよね。言ってたかも・・・」
「私はその言葉が耳に残っていて、私の中でそれは「知的なことにお金や時間をかける人」という理解なんですけど、東京には知的富裕層が多いって思ったんです」
「なるほど」
「なんと言うか・・・東京で仕事をする、ということも今後の選択肢に挙がったかも、なんです」
 そう言う佳奈の横顔は若い希望に満ち溢れていて、そんな後輩の幸福そうな表情に琴音も嬉しい気分となった。しかし同時に、そんな可愛い後輩が自分から少し離れて行ってしまうような寂しさも同時に感じたのだった。

 食事と会話を終えて、二人はホテルまで、夜の東京を移動した。

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