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よしもとばなな『さきちゃんたちの夜』を読んで

ほしよりこさんの装画と、少し頼りなさげなフォントで書かれた『さきちゃんたちの夜』という題字に惹かれてこの本を手に取りました。

短編集はどんな精神状態であっても読み進めやすくて、いいですね。

よしもとばななさんが描く日常は、リアルゆえにどこかほの暗くて、だけど、いつもの夕暮れの商店街を歩きながら「これから住み慣れた我が家でほっとできる夜が来るんだ」と息をつく仕事帰りのような……、そんな”暮らしの疲労感”を感じさせるような生々しさがとても好きです。

あらすじ

失踪した友人を捜す早紀。祖父母秘伝の豆スープを配る咲。双子の兄を事故で亡くした崎の部屋に転がり込んだ、10歳の姪さき……。いろんな〈さきちゃん〉に訪れた小さな奇跡が、いまかけがえのないきらめきを放つ。きつい世の中を、前を向いて生きる女の子たちのために。「スポンジ」「鬼っ子」「癒しの豆スープ」「天使」「さきちゃんたちの夜」人生の愛おしさに包み見込まれる5編。

いろいろあるけど生きてゆく

短編が5つ収録されているこの小説は、主人公が皆<さき>という名前の女性です。

それぞれのさきちゃんたちが、それぞれの事情を抱えながら、現実や感情と折り合いをつけて生きてゆく姿は読む人をそっと励ましてくれます。

さて。極めて個人的な話になりますが、私自身はいまものすごく人生の”停滞期”を過ごしているという感覚があって、焦っています。

そろそろ28歳。家族はかわいい息子と優しい旦那さん。比較的新しく綺麗なアパートに住み、周囲は学校や公園が多い子育てにぴったりの環境。息子が保育園に通い始めたことで抑うつの症状もだいぶ落ち着き、「ついに整ったぜ! ここからが私の人生第2章! ぶちかますぞ!」……とエンジン全開で進み出したいのは山々なのですが。

家事などをこなしながら考え事をする時間も増えて、これからの人生について(具体的には仕事のこととか、子どもは本当に1人でいいのかとか……)考えていると、リスクばかりに目がいって尻込みする自分がいます。

そんな中で、回復してきたとはいえ時には体調を崩すこともあり、「やっぱり私はまだ”普通の人”に戻れていないんだ」と落ち込んだり、「こんな恵まれた状況と幸せな環境がありながら涙を流すなんて救いようのないやつだ」と情けなくなったり。

エンジン全開どころかアクセルを踏むことすら躊躇ってしまう。

負のループから抜け出せない現状に、焦りを感じているのです。

でもね、これも人生。

これが私の人生なのだからと受け入れて、なるようになると気長にこの波を乗りこなしていきたいです。

『さきちゃんたちの夜』は何かを抱えながらも生きてゆくことの尊さを教えてくれる小説で、心配性でいつもぼんやり不安な気持ちを抱えているような私でも、意味もなくただただ過ぎていくような繰り返しの日々に希望を見いだせる物語でした。

誰かと生きてゆくしかない面倒くささと愛おしさ

表題作『さきちゃんたちの夜』に登場するのは、事故で兄を亡くした崎と、亡くなった兄の娘である、さき。

ある日、家出してきたというさきの手をとって歩きながら、崎はこんなことを考えます。

手が汗ばむし、うっとうしいし、もう片方の側にあるバッグは持ちにくいし、生き物の身体がくっついているというのは全く気味悪い。 いつもだったらひとりで軽やかに歩くこの道は、淋しさと同時に自由とか可能性とか家に向かっている安らぎの気持ちに満ちているというのに、今は面倒くさいし重い時間だ。 でも、私の中のなにかが、それをよしとしていた。

読んだ瞬間、私も同じだ、と思ったのです。

シングルベッドに一人で寝るなら、直前までスマホをいじっていたっていいし、何も気にせずに寝返りをうったり音楽をかけたり、自由に過ごせて心地良い。

だけど、大きなベッドに旦那と子どもと川の字で寝るとなると、それぞれの寝息や寝返りが気になるし、夜中にトイレに行きたくなっても起こしてしまわないかと気を遣うし、息子が私の隣にピッタリとくっついていて身動きが取れないこともある。

心地良いか悪いかで言ったら完全に”悪い”んだけれど、それでも、ふと「あぁ、今日も一日疲れたなぁ」とぼんやり目を向けたとき、隣で大切な人たちが健やかに眠っている様子というのは心を穏やかにしてくれるもので、

「私は一人じゃないんだ」「私が生きる意味はここにもあるんだ」と思えるものなのです。

旦那のいびきがうるさくても、息子に蹴られても、私の中のなにかが、それをよしとするんですよね。不思議なもので。

面倒くさいけど愛おしい。

「人は一人では生きていけない」とはよく言いますが本当にその通りで、人と関わるのは面倒くさいことばかりなんだけれど、自分ではない誰かがいてくれるから「生きていこう」と思えるのも確かなんですよね。

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