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読み切っていない古い本を手放すか、どうか。

80年代、90年代に出版された3冊の古い本を、もう手放そうと思う。

どうする。

「ただの私」
数年前に、地域のリサイクル本コーナーで手に入れた。オノさんの文章は初めて読んだ。面白く読んだ。面白くて途中、声を出して笑った。残りはまた後日読もうと思って、今日まで読まなかった。これは近日中に残りを読んで、手放そう。

「空のかたち」「ゴダール」
司書をしていた知人が送ってくれた。若い頃、何冊も本をもらった。もらった本は、すぐ読んだ。この2冊以外は。
4度の引越しにも耐えて後、ようやく「ゴダール」を読んだ。ただし、斜め読み。読んでいて気分が悪くなり、腰を据えて読むのはもう少し先にしようと本棚に戻した。その後、何年も手にとらなかった。「空のかたち」にいたっては、いつか読もうと思いつつ一度も開かなかった。わたしは絵を、かかない。

今年になって、本棚を整理した。この2冊はもう読んでしまおうと、リビングに持ち込んだ。
本をもらった当時、私は20代で、送ってくれた人は多分50代。数ある本の中から、なぜこの2冊をセレクトしたのか、と今になって思う。それを知りたくて読んでみようと思う。答え合わせはできない。彼はもう亡くなってしまった。
まず「ゴダール」を手に取った。ところどころ、拾い読みをした。通読には至っていない。
「空のかたち」は何度も開いてページをめくってみるが、結局、読まない。

今しがた、もういい加減、読まない本は手放そうと思ったのだが、これをくれた知人がなぜこの2冊を選んだのかがまた気になって、こんな記事を書いてしまう。

聞けばよかったのだろうが、聞かなかった。気になったのに聞かずにきたことが、これまでの人生で山ほどあるなあと思う。自分の父親と話すこともあまりなかった。わからないままだ。なんのこっちゃ、と思う。