僕と拠り所2あの日の君へ〜①再縁〜

息子「そのほう、首を垂れよ」
山間に沈む夕日を見ながら一緒に散歩をする小学1年の息子が何度もそう口にする

父「何それ…学校で流行ってるの?」

そう聞き返すと違うよと言って首を横に振る。
テレビかゲームの影響かなと思いながら歩き慣れた畦道を解けそうな力で繋ぐ手にどこか懐かしい暖かみを感じる。

息子「夜寝てるとね!キラキラした部屋に黒と白の狐さんがいてね!あのね!いっつも笑ってくれるの!」

ニコニコ目を輝かせて楽しそうに話す子どもの姿を見てこの間までは赤ちゃんだったのにと成長の早さに驚く。

父「そっか夢かぁ〜!狐さんって怖くないの?」

そう聞くと息子は首を横に振り白い狐のお面をつけた人がそのお面を外してにっこりと笑って遊んでくれるのだそうだ。
一方で黒い面を被った方は頬杖をついて座り込んだまま微動だにせずそちらとはあまり目を合わせないようにしているがずっと息子のことを見ているのだそうだ。

息子「そのほう、首を垂れよ!そのほう、首を垂れよ!」

父「意味…わかっていっているのかな?」

息子「知らなーい!面白いからー」


息子、稜久(りく)小学1年生…私、(出流)31歳の時だった。


「やぁ…」


その聞き覚えのある声に驚いて振り返った。

田んぼの稲が育ち刈取られる前に吹いた強風でそれらは一斉に唸りを上げて揺れた。

父「なんでお前がここに…」


「なんでって…君にも君の息子にも会うためじゃないか。」



泣いた。これほどまでに叫んだことは人生の中であっただろうか…悔しさと嬉しさが同時に込み上げてくる。




強く抱きしめる息子の腕からは一筋の赤い線のその先にぐるぐると回る血溜まりがあった。

息子「パパ!この人だよ!夢に出てきた人!その方!首を垂れよ!その方!首を垂れよ!」

好奇心が勝るその心に、強く握りしめた力は届かなかった。




「ハハハ…仰せの通りに…」

彼はしゃらしゃら揺れる稲と共に色褪せないその金色の髪を靡かせてその場に跪いた。




父「嘘…だろ……………」

ポンポンポンと俺の方を誰かが後ろから叩いた。

クロノス「お久しぶりです!!!いやー…ちょっとしたこちらのミスなんですけどね…どうやら采配に不手際があったみたいで!続けるか続けないかは別に今ここで選んでもらっても構いません!」


千鶴「主………」

俺はこの時、何が起こっているかわからなかった。

父「千鶴………千鶴?具現化してる……なんで…はっ…千秋…」


俺はその時かけだした。
過去のように妻の千秋にも見えているのではないかと…
容態に戻っている千鶴が俺の頭の上に飛び乗り落ちないように強く握られた…


父「嘘だ…どうか…嘘であってくれ…」

俺は玄関の扉を勢いよく開け靴のままで中に入るとリビングで千秋がテレビを見ながらくつろいでいる。

父「千秋…千秋!!!お前は…見えてるか?見えてるのか?」


その様子に驚いたミチオやクロノス、息子もリビングに入ってくる。

千秋「ちょっ何?びっくりした…えっ?出流?」

俺の頬から伝う一筋の雫を彼女は優しく俺の頬に触れ親指で拭いとる。

出流「見えるか…お前にも見えてるのか?」

千秋は俺と同じ目線まで顔を下げてにっこりと微笑んだ。

千秋「またミチオくんの話?大丈夫…出流は守られてるから…ねっ…私もいるんだから大丈夫。」

出流「はっ………………」


見えてない…のか……………
俺の頭に乗った千鶴の大粒の雫が俺の後頭部に流れ落ちる。

千鶴「わしは王位になれんかった…また…会えるチャンスじゃったのに…」


クロノスがピーンと腕を伸ばした。

クロノス「あの…今回は異例…不手際だとお伝えしましたよね?こちら側としてはキャンセルしていただいても構わないのですが…」


ミチオがクロノスの肩を叩く。

ミチオ「彼はうんとは言わないさ…クロノス考えてみなよ。だって僕たちは王位の存在なのだから。彼が僕を見えなくなったのもそちらの不手際では?まぁ…例外ということなのだろうけれども…彼を12年という間縛り付けてきたんだ…僕という存在が。記憶だけ残っているからね。その辛さは僕にも分かる。触れたくても触れられない。だったらあの時もっと出流と一緒にいたかった。あの戦いを放棄してでも僕の力で彼と逃げれたはずだ…何故それを僕がやらなかったのか…お前らには分かるのかい?」

ミチオがその場に崩れ落ちわんわんと泣いている。
今までミチオがここまで酷く泣いてるところを見たことはあっただろうか…


クロノス「いやいや…そう言われましても…」


千秋「ほーら…大丈夫?…あらら…大丈夫じゃないかな?出流…出流?」


俺はあの時に最後にもらったミチオからの力を使っていた。ギリギリと涙をこぼし歯軋りをしながら叫ぶ。

出流「ギリギリ…ギリリ…本当は嫌だ…2度とこいつに会いたくなかった…最近何度かあったけど…それもお前らのミスかよ…太宰府天満宮…不知火…なぁ!!!わかっててやってんだろうが…」

左の手のひらを噛み血を床にポタポタと垂らす。その量が足りず俺はもう一度噛み肉を食いちぎった。

千秋「ちょっと!出流?」


千秋の言葉は俺には届いていない。
そう言ってたような気がした。
慌ててその血を拭こうとした千秋がテーブルにあった布巾で拭おうとするその腕を俺は強く蹴り払った。

千秋「…ッた…」

床の血が渦を上げてぐるぐると回転し始める。



出流「可逆………本当は…本当は死ぬまでこの力を使いたくなかった。なのに…お前らのせいで!お前らのせいでこうして」


パチンと俺は頬を叩かれた。

千秋「あんたのその妄想ね…もう付き合いきれない!何回そうなるの?何回私を傷つけるのよ!ここには誰もいない…私と貴方と稜久だけ!寝室では日向と優も寝てるの!もういい加減にして!」


出流「黙れ!千鶴がどれだけお前のことを思ってそばにいたか…どれだけの日々、1人で寄り添っていたか!お前にはわからないだろう!」

クロノス「あの…」

千秋「分かるわけない!ミチオだって千鶴だって貴方が作り出した妄想なんだから!私にそれを押し付けないで!」

千鶴「もうみんなやめて!」

千鶴が千秋の肩にしがみつき自分の額を強く押し付ける。


千鶴「無理かもしれない…無理でもいい!でも…喧嘩やめて!」


千秋「あっつ…熱」

千秋は後頭部を押さえて倒れ込む。

出流「熱いんだよ!千鶴がお前に話しかけてるんだ…なぁ…本当に見えないのか?思い出せないのか?」


千秋「うるさい!…あっつ……なんなのよ…もういい加減にして!もう嫌ーーー!」


千鶴は俺を見ながら首を横に振った。


稜久「パパ?パパ?ママをいじめないで!」

両手を広げてミチオの後ろに隠れていた息子が千秋の前に飛び出す。

俺は息子と目を合わせたまま、可逆に身を委ねる。

出流「可逆……その契約を認め俺が王位の器を息子…稜久に付与…」

ミチオ「ダメだ!出流!」

可逆がシュルシュルとスピードを緩め床にこぼれ落ちる。

出流「何が悪い…だってこうするしか…」


クロノス「ありがとうございまーーーーす!これで契約は成立ですね!今回はかなり多いですよ!王位!良かったですね!」

ミチオ「お前…まさかそれが狙いで…」

クロノス「違いますよ!より良い未来を願って我々は創造と破壊を繰り返すだけですから!あっ…電話、電話…もしもーし!はいはい!こっちは大丈夫ですよ?…はい…はいはい…また揚げまん…いくら時の神だからって…酷いですよそのパシリ!」


そういうと、俺とミチオがクロノスを捕まえようと飛び出すと彼は手を振りながら消えて、俺とミチオの頭がぶつかる。

ミチオ「いたた…」

出流「いってぇ〜」

俺たちは同時に笑みが込み上げてくる。

出流「あれ?触れる…」

ミチオ「ハハハ!ほんとだね!」

俺の頬を突く千鶴も驚いた顔で何度も繰り返し俺の頬を叩いたりつねったりする。

千鶴「お〜〜」

稜久「パパ!!」

息子が布巾で俺の手から流れる血を拭きながら俺は別の腕で息子の頭を撫でようとすると息子が千秋に抱き寄せられた。

千秋「もう無理…私の子供に触らないで…」

そう言い残すと、リビングを飛び出し3人の子供たちの身支度を進めた。

出流「千秋…ごめん…俺…」

千秋「うるさい!それ暴力振るう人の典型的なやつだから…もう私は信用しません。貴方のことは。」


さようならと
地元が一緒だった1番愛してやまない彼女が実家から迎えにきた来たお父さんとお母さんの車に乗せられて帰って行った。
あの両親の冷めた目を見て俺は深く反省をした。

俺は自分の血痕を拭いながら地面に拳を立てた。

出流「何にもわかっていない…何にも…」

ミチオが優しく、あの頃と変わらない暖かさで俺を抱きしめる。

ミチオ「君は一つ過ちを犯した。」

ハッと俺はそこでことの重大さに気づく。

ミチオ「何故稜久に祠を付与したんだい…僕は君に気づいて欲しくてコンタクトを取っていたのに…むしろ…そのための可逆だよ…稜久の心力は………」

出流「俺…間違ってたかな…だって力を使えないと思ったし…」

ミチオ「思ったんだよね。」

出流「てっきり稜久と契約しているのかと!」

ミチオ「思った。」

出流「じゃぁもう1人の黒い仮面を被った男は?」

ミチオ「……フフ全部頼るわけじゃないさ…まぁなんとかなると信じているよ!これが君と僕が決めたことなのだから。」

千鶴「掃除終わったぞ…あっ…」

千鶴が触っていた布巾は俺の血で染まっていた。
その後、灰となり床に粉が舞う。

ミチオ「じゃ!あまり離れられないから僕は行くよ!」

出流「待って!ミチオ!」

ミチオ「ダメ…それ以上は言わないでおこう!2人のために…」

出流「あ…うん……」

少しの沈黙があったのちにミチオは薄くなり息子の元へと戻った。

千鶴が俺の服の裾をクイっと引っ張る。

千鶴「大丈夫…大丈夫じゃから……主…わしと契約してくれぬか!」

出流「えっ?………」


俺の左腕からボトリと生暖かいものが落ちた。

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