アテネの数日 026 第二章-6 フランシス・ライト著
「ああ!」とテオンが赤く上気した顔をエピクロスに向けて叫んだ。「長いこと美徳の力を知ろうとしてきましたが、今夜ほど説得力を感じたことはありません。」
「君はどうやらストア派には向いていないようじゃな」と師は微笑んで言った。「ちなみにどうしてゼノンに夢中になったのだ?」
「彼の美徳です」と青年は誇らしげに言った。
「彼の端正な顔立ちと卓越した話術の間違いではないかな」と哲学者は冗談交じりに返した。「まあ、怒るでない」と隣のソファに身をもたせたテオンの肩に手を伸ばした。「実は私も君の師を大変尊敬していて、よく彼の講義を聞きに行くのだよ。」
「本当ですか?」
「本当さ。そんなに驚くことか?」
「でも今日は・・・あそこには・・・」とテオンは言葉を止め、恥ずかしそうに視線を落とした。
「今日のことか?今日も、私はあそこにいたよ。そして、自分についての風刺も聞いた。あれは『雲』(1)でアリストパネスがソクラテスをからかった時に匹敵するくらい面白いものだったな。どうだ、よく似ていたと思わないか?」とエピクロスは身を乗り出してテオンの顔を覗き込んだ。
「わ、私は……」と青年はしどろもどろになり、視線を落とした。
「あの話を信じたのかね」と賢者はまるで代わりに言葉を締めくくるように続けた。
「いいえ、そんなことはありません。誓って違います」と青年は興奮して叫び、まるで哲学者の足元にひれ伏さんばかりに見上げた。「どうしてあの嘘つきのティモクラテスを黙らせなかったのですか?」
「実のところ、あの嘘つきは怒るに値しないくらい滑稽で、答える価値もないくらい馬鹿げていたのだよ。」
「だとしても、あそで聞いたいた人々は彼の話を信じてしまったのでは?」
「もちろん、そうだろう。」
「なら、どうして反論しなかったのですか?」
「いや、反論しているのだよ、私の生き様でね。それが哲学者が愚か者や、今回のような悪人に対して答える唯一の方法なのだ。」
「自分が愚かだったと本当に感じています」とテオンは哲学者とレオンティウムの顔を見てから周囲に視線を投げ、続けた。「あの嘘つきティモクラテスの話を信じてしまったなんて、本当に恥ずかしいです。なんと愚かだと思われたことでしょう。」
「ゼノンより愚かだというわけではないぞ」と賢者は笑った。「あの賢明な哲学者が聞き入れたことなのだ。その弟子が信じたとしても、私はそう強く責めることはできはせんよ。」
「ゼノンが真のあなたの姿を知っていれば!」
「そうなれば、間違いなくに私を嫌うだろう。」
「冗談でしょう?」とテオンは目を見張った。
「いや、本気だよ。君は知らないのかね?ある人物の教義に反対する者は、その人の行動に対しても反対せざるを得なくなるものなのだよ。悪徳を説きながら美徳を実行するほど人を苛立たせるものはないからのう。」
「でも、あなたは悪徳を説いてはいないはずです。」
「そうであることを願っているよ。しかし、私と異なる教えを説く者たちは、私の教えを悪徳と見なしている。たとえその教えが優れたものであったとしても、だ」
「しかし、ゼノンはあなたの教えを誤解しています。」
「確かに、間違って解釈しているだろう。」
「彼はあなたの教えを完全に誤解しています。あなたには快楽以外の原則も行動規範もないと信じているのです。」
「それについては彼の考えは正しい。」
「正しい?まさか!彼は、あなたが人々に対し美徳を嘲笑し、奢侈や悪徳にふけるよう教えていると信じているのですよ。」
「そこは間違っている。」
テオンは哲学者を見つめ、好奇心と困惑が入り混じった表情を浮かべていた。そして哲学者がそれ以上続けないのを見ると、おずおずと周囲を見渡した。
どの顔にも微笑みが浮かんでいた。
「よし、今夜の宴はこれで終わりだ」とエピクロスは立ち上がり、わざと厳粛な態度で若いコリント人に言った。「君は夜の恐ろしい儀式を見てしまった。それにもかかわらず昼間の神秘へも興味があるのなら、明朝の日の出に我々の庭を訪れるがよい。我らが哲学の教えに正式に向かい入れよう。」
注釈
1. アリストパネスの喜劇『雲』において、ソクラテスが無礼に風刺されたことを指している。