福岡の音楽シーンを支えたメディア、ライヴハウスについて〜その② FM福岡『LIVE EXPLOSION』
福岡の音楽シーンを支えたメディアとして、今回は80年代に圧倒的な影響力を持っていた人気ラジオ番組、FM福岡『LIVE EXPLOSION』について書きます(注:写真は地元音楽誌「ブルー・ジャグ」「ビートマックス」そして「シティ情報ふくおか」より)。
このシリーズの第一回はこちらです。
『LIVE EXPLOSION』のスタートは1980年4月。福岡のアマチュア・ミュージシャン紹介にこだわった、当時も今も画期的な番組。毎週土曜日の深夜、というか日曜日の午前3時から5時までの2時間。ともかく起きておくのが大変だった(笑)。前回紹介した雑誌『宝島』(1984年7月号)では、川本ディレクターのインタビューが掲載されている。
実は1979年にこの番組の前身とも言える『ミッドナイト・ライヴ』が放送されている。福岡市薬院の近くにあったグリーン・ヴィレッジで行われた、シーナ&ザ・ロケッツ主催の『ロケッツ・パーティ』から、シナロケ、リップ・オフ(奈良さんのバンド)、モッズ、ロッカーズの貴重な演奏がオンエアされたのだ。しかもモッズ、ロッカーズはまだデビュー前。ちなみにシナロケは『バットマンのテーマ』『どぶねずみ』モッズは『熱いキッス』(未発表)、ロッカーズは『ルート66』『To Be Or Not To Be』『ふさぎこんでしまう前に』(『シャープシューズで蹴り上げろ』の元タイトル)が流れた!
LIVE EXPLOSIONはバンドマンが持ち込んだデモテープの曲をオンエアしたり、ゲストに呼んでインタビューしたり、といったことはもちろん、野外での公開集録ライヴもよくやっていた。主には須崎公園、天神コアの屋上での『天神開放地帯』など。
須崎公園では、若者がライヴで盛り上がっている時に福岡競艇帰りのオジサン達が立ち寄って、ちょっとシュールな雰囲気になったりした(笑)。
80年代の前半は福岡のアマバンは凄い人気だったし、無料の野外ライヴは本当に楽しかったし、貴重だった。
キッズは番組内で『ワン・ナイト・ナイト・キッズ」というコーナーを持っていたし、桐明さんやモダン・ドールズの佐谷さん、アクシデンツの原島さん、ヒップスの太田黒恵美さんは番組の常連ゲストだった。
モッズもデビューしてからしばらくコーナーがあり、森山さんが毎週トークを届けてくれたし、新曲もいち早く聴けた。また、モッズに関してはデビュー前から貴重な音源やライヴがこの番組でオンエアされている。映画『狂い咲きサンダーロード』用の楽曲もそうだし、70年代に福岡のスタジオで録音されたナンバーも。今となっては超貴重だし、現在までリリースされていない未発表曲もある。
やめとくれ
一網打尽
サンセット・ストリップ
No No
End Of The Night
恋のハイウェイ(『夜のハイウェイ』の元タイトル)
80's FACTORYでデビュー直前に行われた、このライヴも番組でオンエアされた。
All Way The Punks
が・ま・ん・す・る・ん・だ
うるさい
No Reaction
崩れ落ちる前に
夜が呼んでいる
Chinese Rock
One More Try
不良少年の詩
Two Punks
Tomorrow Never Comes
1982年1月24日に福岡市民会館で行われた"NEWS BEAT GIG"も、ほぼ丸々オンエアされた。この日の"Two Punks"は後に『激しい雨が』のB面としてリリースされている。
他にも、1984年1月7日に少年科学文化会館での"NEW YEAR MUSIC FES."なんかも覚えてる。ともかく、当時は沢山ライヴが聴けて嬉しかったな。
ルースターズのメンバー全員のトークとスタジオ・ライヴ、というのもあったな。曲は"Hard Rain"とドアーズの“L.A. Woman"だった。
地元以外では、1983年5月2日に冨士映劇でストリート・スライダーズが福岡初ライヴやって、3曲流れた。
So Heavy
Jumpin' Shoes
のら犬にさえなれない
スライダーズの今年の復活についてはこちらに書きました。
今でも番組を録音した大量のカセットテープ保管してある。デジタル・アーカイブ化しとかないと…。
メジャーなアーティストによるヒット曲満載なんかではなく、アマチュアのミュージシャンを中心にした、ある意味マニアックなコンセプトの番組が企画され、それが支持されていた。それはメディアの側にとってもリスナーにとっても、そしてミュージシャンにとっても幸せな時代だったのだろう。