やまぐちなおと

元旅人が旅をやめて長野へ住みついてこれからのことを模索するnote.なりたいものになる…

やまぐちなおと

元旅人が旅をやめて長野へ住みついてこれからのことを模索するnote.なりたいものになるためには何事もするを決めた。 これからのことと、思ったことをここに記していく。 https://yamaguchi-naoto.studio.site/

マガジン

  • クラウドファンディング

  • 手と仕事

    100人を撮ることになってからからのことやぼくの思想そのものを文章化した。

  • 写真展をはじめるまで、

  • 信州まつもとうらまち シェアハウスうら町base

    シェアハウスに関する記事まとめ

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やまぐちなおとのこれまでのこととこれからのこと |自己紹介 一体あなたは何者?

<これまでのやまぐちなおと|1秒も無駄にしないことと、50歳にゴールテープを張る人生>山や海やなどの大自然の中、日々を編むように暮らして旅をして生きてきた。 気がつくといつの間にか自然の中に身を置く自分がいて、カフェに行くよりも木の上にいる方が落ち着いたり、海の中にいる方が落ち着いたりとなんだか不思議な20代を送っていた。 50歳という区切りのいいところに自分のゴールテープをひいて、そこを目標として全力で走る人生が始まったんだ。 季節に追いかけるように春になったら、秋にな

    • クラウドファンディング始めました#03

      東京での展示を経て 2024年のGW明けにUTSURUの写真たちを東京のグループ企画展に持ち込んでみた。 モノクロの写真たちで構成されたそれらは、どこか不思議な印象を持って小さな展示室に並んでいました。 そしてUTSURUの写真もこの企画展に持ち込むために印刷をしてみれば、写真の持つ圧力というか重さというか、とにかくデータが現実世界に写真として現れてそこに置かれた時、これはぼくだけが見るのは勿体無いだろうって思ったんです。 東京に持ち込んでみて、これまで写った人たちや

      • クラウドファンディング始まりました#02

        写真展のイメージは脳内のバグ 写真展といってもどんなものを置こうか、どんなものをここに作り出そうか、悩んだ末に出てきたのは「脳内のバグ」。 これは写真展なのか。これはアート展示なのか。 モノクロなのか。カラフルなのか。 作品群なのか。過去作を出しているだけなのか。 視覚の中で色とモノクロが混じり合い、感覚が揺さぶられる。 モノクロとカラーはいつも隣り合わせになり、大きな空間を彩り、真ん中には数百枚の写真が風に揺れているのだ。 写真展といえばなぜか少しきれいで、少し

        • クラウドファンディングが始まりました。#01

          クラウドファンディングに載せた文章は何日も何日もパソコンに張り付き、何回も校正が入り、何度も消しては書いてを繰り返した文章でした。 なんとなく残してみたくなって、noteに貼ってみよう、とお思いました。 かなりの文字数なので、何部かに分けてみますので、少しずつ読んでいただきたいと思います。   はじめに   【 写真展 】 誰もが想像して、カメラをやっている誰もが、妄想したこともあるんじゃないかな。 大きなギャラリーに自分だけの写真が並んで、自分だけの世界観がその空間

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        やまぐちなおとのこれまでのこととこれからのこと |自己紹介 一体あなたは何者?

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        記事

          自分の”弱さ”に向き合うことで見えてくるのは、これからの生き方。|手と仕事#23

          ぼくは、弱い。 これは簡単に言えば弱い、ということであって別にネガティブになっているわけじゃなくてね。 できることが極端に振っているんだと思うんだ。 カメラができるけれど、数字は大っ嫌いだ 生きることはできるけれど、恋愛というのは苦手だ。 人付き合いもどちらかといえば苦手なんだけど、シェアハウスの運営という立場にいる。 僕には弱点というほどのものでもないけれど、ある意味性質であり特性であるものを、このシェアハウスに集まる誰かは理解して、受け流すようにして僕に関わってい

          自分の”弱さ”に向き合うことで見えてくるのは、これからの生き方。|手と仕事#23

          写真展をはじめるために、|資金面の話し#05

          2025年4月に長野県松本市で写真展を開催するまでの、ぼくの想いを文章にのせて記録する。 初めての個展にどうするべきなのか、どうしたいのか考える日々で、実のところ文章にしていないとやってられない、というのが本音。 上のマガジンの中にはこれからどんな想いで始めるのか、どんなことをしているのか、個展をどんな形にしていくのか、全てを公開していくことになるのでしょう。 前のnoteでも言っているように「UTSURU」の作品たちで写真展をはじめることを決めたと同時に、モノクロの対

          写真展をはじめるために、|資金面の話し#05

          写真展をはじめるために、|最も美しい嘘が生まれる#04

          ”もっとも美しい嘘が生まれる” これはぼくの記憶の奥底にガツンと残り続ける言葉だった。 スランプに陥ったり、どうしようもできないことに立ち向かった時、いつも思い出す。 ぼくにだって、「やってられるか」「お前がやれよ」なんて思うことなんていくらでもあって、カメラを投げつけることなんてことはしなかったけれど感情をどこにぶつければいいのかわからなくなる時もあった。 これからどう生きたらいいのかも、わからなくなる時もあった。 悩んで、苦しんで、それでも立ち上がって、向き合って

          写真展をはじめるために、|最も美しい嘘が生まれる#04

          写真展をはじめるために、|共犯者を見つける。#03

          ぼくは、2025年の春に写真展を開催する。 一体何があってこんなことを思うのか。 元はといえばなんで写真展をやるのか?ってことだけども、ぼくはただ昔から夢見てたことを実現したいと思っていただけ。 誰もが想像して、カメラをやっている誰もが、妄想したこともあるんじゃないかな。 大きなギャラリーに自分だけの写真が並んで、自分だけの世界観がその空間を埋め尽くして、その空間を求めてやってくる人たちのことを。 ぼくにとっての写真展というものは、ずっと憧れ続けた空間でした。 今までも

          写真展をはじめるために、|共犯者を見つける。#03

          写真展をはじめるために、|UTSURUの終わり#02

          ぼくはね、いつも何かを始める時、終わりを見ながらことを進めていく。 それが今回は「UTSURU」になっただけ。 これはもう癖と言ってもいいのかもしれないね。 何かをするとき、何かを始める時、ぼくは終わりを見つめる。 写真展をしよう。というのと「UTSURU」を撮ろうとなったのは全然違うタイミング。 「UTSURU」の撮影が始まってから写真展の話になっていって、気づいたら同時にことが進行し始めて、今度は「UTSURU」が終わる。 もしかしたらもっと写ってみたいと思う人はい

          写真展をはじめるために、|UTSURUの終わり#02

          写真展をはじめるために、|その場に染まる#01

          ぼくは来年の春、2025年の春に写真展を開催する。 今、ぼくの暮らす松本市で 今、ぼくの周りにいる人たちに向けた写真展。 いつかは、いつかは、と考えた写真展だけど、いつもぼくは諦める方法ばかり考えていた。 ぼくは有名じゃないから、そんなものやって何になるんだ、誰が見たいというのだ、って具合にいつも諦める言い訳を探して、いつも心にしこりを残したまま生きてきた。 それも、今回で終わり。 ぼくは今回一人でギャラリーを貸し切って、展示をする。 ぼくの写真で空間を埋め尽くして

          写真展をはじめるために、|その場に染まる#01

          カメラマンの肩書きを脱ぎ捨てて”やまぐちなおと”として生きてみたら、24_0802

          夏だな、気付けば梅雨は終わって、夏がやってきた。 ぼくの住む長野県松本市は避暑地、というほど暑くないわけじゃないけれど、関東や都会に比べたらいくらかは過ごしやすい気候になるのだろう。 そんな短い短い信州の夏の真っ最中にやってきたのはとんでもない日々の繰り返しでした。 感性を柔軟に曲げること突然だ。唐突だ。 ぼくはカメラマンという肩書きを手に入れて、長野県松本市を拠点に様々なことに手を出しては足を突っ込み、気付けばその仕事位の幅は「カメラマン」という肩書きに依存した仕事ばか

          カメラマンの肩書きを脱ぎ捨てて”やまぐちなおと”として生きてみたら、24_0802

          写るってなんだろう。| UTSURU 

          写真に写る。   ボクたちはそこに、どんな意味をつけるのだろうか。   人生におけるハレの日 結婚や卒業、入学や七五三など様々な場面でぼくたちは写真というものに写り、そんなの記憶にもないほど実家に眠るアルバムには何枚もあるんだろう   幼い自分がそこには写っていて。たまに写る家族との写真たち。 それらをみても「こんなことがあったのか」ぐらいのもので、なかなかぼくはその瞬間を覚えてなんかいなくて。   カメラマンをやっていても、たまに思う 写るってなんだろうって。写真てなんな

          写るってなんだろう。| UTSURU 

          新しい関係人口の創出拠点!関係人口のど真ん中に暮らす覚悟|信州まつもとうらまち シェアハウスうら町base#08

          松本裏町、大して田舎でもなく都会でもない信州まつもとうらまち シェアハウスうら町base管理人のやまぐちなおとです。 春が始まったなって思ったらいきなり夏日みたいに気温が暑くなって、と思ったらまた寒いねって日々がやってきて、三寒四温だなんてよく言ったもんだなと思いながらも、ぼくはそんなことも感じれないほどに忙しさにかまけてこの家のことを何もできていないんじゃなかと思ってきた。 けれどありがたいことにうら町baseのことをどこかで知ってくれている人たちが、住みたいと声をかけ

          新しい関係人口の創出拠点!関係人口のど真ん中に暮らす覚悟|信州まつもとうらまち シェアハウスうら町base#08

          クラフトフェアまつもとを終えて |工芸の五月

          五月。といえば、ぼくの住む長野県松本市ではクラフトフェアまつもと が行われている。 全国からさまざまな作家さんたちが集い、それらを求めてこちらも全国からやってくる人たちでこの五月の最終週の土日は、松本が人で溢れかえる。 車が動かなくなるくらい交通渋滞が起こって 東京みたいに人が同じ方向に向かっていく景色が見れる。 会場は一年のうちのこの期間だけこんなにも人で溢れかえるんだ。 城下町として栄えた松本は戦後「民藝運動」に共感した人たちによって工芸品が盛んに作られるようになり、

          クラフトフェアまつもとを終えて |工芸の五月

          歩みを止めないために、より遠くに行くために|写真展:

          来年の春、つまりは2025年の春の写真展に向けて、ぼくが本気で動き始めた。 何度も、何度も、ぼくは展示会をしようとしてやりきれないことが多かった。 松本市に移住して、シェアハウスの運営を始めて、地域の仕事に関わるようになり、ようやく根を伸ばす準備が整ってきたのかもしれないと思い始めた今、松本市で展示をするべきなんだろうと思ったのです。 もう三年目。 松本に移住して3年目の春を迎えている。 たくさんの関係人口の中にいつもぼくはいて、誰かの助けを借りてこの町で生きていると思っ

          歩みを止めないために、より遠くに行くために|写真展:

          マイノリティだけに囚われない生き方。|手と仕事#22

          近年でいうところの「個性」 個性的な、個性を、人それぞれ、という言葉と共にマイノリティという社会的に少数派の人たちによく焦点が当たっている気がする。 人はいいじゃないかと、私は私なのだから私らしく生きさせてくれなんて言うのだろう。 人と比べることをやめてオリジナルを求める時、あの人とは違うからとその他大勢から逃げるように個性に生きようとする人たちに会うことがある。 まるで少数派をヒーローみたいに祭り上げてるみたいで、ぼくにとっては違和感だ。 そんなぼくはどちらかと言うと

          マイノリティだけに囚われない生き方。|手と仕事#22