“どんな”目的地?
母親と距離をとっていた時期以外は、現在で定期的に実家に帰っています。
昔も今も、
実家に帰るという行為は変わりません。
しかし、目的が違いました。
昔は
『美味しいご飯が食べれる』
『実家に帰れば楽ができる』です。
たまに帰ってくる私を両親は喜び、特に母は料理を作り嬉しそうに待っていてくれました。
私の目的は、楽をして美味しいご飯を食べる。
なので、嬉しそうにはしてるなとは想います。でも、どこか他人事。
ただ私の目的が果たせれば満足だったのです。
今は
『両親に逢いに帰ろう』
『お互いに楽しい時間を過ごしたい』です。
今も昔変わらず、目的を果たすように動きます。
私も、一緒の時間を楽しく過ごそうといつの間にかその様に動いているのです。
後片付けや、お互いに話する時間を大切に。
どうすればお互い楽しく過ごせるようになるか?そんな視点になります。
そうすると、母親の気持ちのこもった料理や、両親のお互いの時間を楽しく過ごして嬉しそうにする、笑顔が伝わります。
こちらまで嬉しくなるのです。
目的地が違えば、視点が変わる
視点が変われば、観るモノが変わる
こんなに愛情を込めた料理だと知りませんでした。
こんなに両親との会話が楽しいとは知りませんでした。
きっと昔も今も同じように両親の目的は
『楽しく我が子と過ごしたい』
だったと想います。
両親から観える感じ方、捉え方はきっと昔も今も同様なのかもしれません。
でも私の目的が違うので、伝わるモノがちがうので、もしかしたら感じ方も違うのかもしれません。
もしかしたら、よりもっと、喜びを感じているかもしれません。
私の目的地が違うだけで。
人を観ようとせず、相手の心を観ようとせず、
自分勝手な目的で会おうとしていた自分。
昔の自分がとてもとても恥ずかしい、、、
穴があったら入りたい、、 笑
同じ行為でも
目的が違えば、行く場所も違うし。
目的が違えば、途中の景色も違う。
あなたはどんな景色が観たいですか?
どんな目的地ですか?