見出し画像

【短篇】 1/34の群青色

 明日、何を話そうか。

 送り出される側に立つ卒業式は、もう何回目だろう。

 初めての卒業生を出した時の緊張を感じることは、ほとんどなくなってしまった。
 今の私にとって、もしかしたら彼らが最後の卒業生になるのかもしれない。ふと考えてしまう瞬間もあるけれど、日常の色々にそんな思いは絡め取られてしまう。

卒業生に話すことは、いつも事前に決めていた。
 学級通信の最終号。涙で声が詰まったとしても、嗚咽で話せなくなったとしても、決まっていれば何とか話せる。お守りのように、卒業式の数日前には作っておくのが常だった。

 でも、今、迷っている。

 あらかじめ作っておいた文章が、私に向かって「違うよ」とささやいている。

 青色
 群青
 あお
 blue
 azur
 
   

 スマホの検索窓に、何度も似たような言葉を打ち続ける。
 私たちに残された時間は、あと1日。

 
 私たちの出会いは、雪解けの春、冷たい水のような青い空気から始まった。

 突然やってきた新しい担任に、彼らは戸惑った。そして、同じくらい、それ以上に私は戸惑っていた。仕事を長く経験しているのに、不安な気持ちに押しつぶされそうになっていた。
 たった1年で、自分に何ができるというのだろう。何とか時間を過ごし、安全に彼らを卒業させること。それだけが、ミッションだと信じて、彼らの前に立った。

 クラスカラーというのが決まっていて、私たちの色は「アオいろ」だった。
 
 何かにつけ、彼らはその色を使いたがった。それが、決まっているからなのか、好きだからなのか、よくわからなかった。
 私自身も、「青色」は特段好きな色ではなかったし、気にかけることもなかった。

 
 あれから1年。
 青色の33人と、青くなりきれなかった自分。
 
 私は彼らに、たった1年で何を残せたのだろう。
 正直、自信が無い。

 最後の最後に、何を伝えようか。

 「群青色・・・」

 東日本大震災から12年目の今年、彼らは卒業式で「群青」を歌う。
 
 得体の知れない感染症が世界に広まり、彼らの「日常」が奪われた。マスク越しで、窮屈な日常を過ごしてきた3年間。その出口が見えてきた今、彼らにはどんな未来が見えているのだろうか。

 『群青』という題名の歌や曲がいろいろあるけれど、本当は、どんな色なのだろう。

 その時、私は純粋に「群青」という色を知りたくなった。

 あんなに興味を持たなかった、「青」という色に、無性に惹かれた。

 彼らに残す言葉を、そこから探したい。
 
 残された時間は、ほとんどなかった。

 私の頭の中は、青色でいっぱいになり、言葉の海の中から、必死で伝える言葉を紡いだ。

 
 「群青」という色は、単色ではなく 様々な濃淡のあるあおい欠片が集まってできる青色だということ。
 太古の時代、ラピスラズリという宝石を砕いて、青い絵の具として使っていたということ。だから、「青色」というのは貴重な絵の具であり、本当に大事な場所にしか使えなかったのだ。
 そして、「青」という字は、土から芽が出るという象形文字であり、「若さ」とか「未熟さ」を表す字でもあるということ。
 英語で「若さ」をイメージさせるのは、「緑」(greeen)で、ever green なんて言葉もあるけれど、日本語ではやっぱり「青」なんだ。

 blueを表す漢字も、日本語ではたくさんある。

 青、蒼、碧、、、
 
 それぞれに意味があり、違いがある。

 彼らひとり一人、同じ色のように見えて、本当は違う。それに気づき始めたとき、私たちが一緒に過ごせる時間は、残りわずかだった。

 今、彼らがつくる「群青」は、この時だけの色。集まったり、ばらばらになったり、ぶつかって傷ついたり、欠けたり。そうやって出来上がったそれぞれの「青色」が見られるのは、今日で最後、今しかないんだよ。

 これからは、新しい場所で、また新しい色を創り出してほしい。君たち自身がが磨いた「青」は、さらに色々な色と混じり合って、輝きを放つはず。

 赤、黄、青。

 いつも比べられ、競いあってきた隣のクラス。
 赤の強烈な個性があったり、黄色に輝くキラキラした個性と自分たちを比べ、青い私たちは自信を失うこともあった。

 でも、青く燃える炎の方が、温度は高いんだよ。
 完全燃焼する青い火。
 私たちの燃え上がり方は、確かに青い炎のように、静かで激しいものだった。
 
 海の青。石の青。炎の青。宇宙の青。
 
 私たちの世界は、青に囲まれている。
 そして、どこにいても、青色でつながっている。

 その夜、私は寝た気がしなかった。
 言葉の海に流され、溺れながら、彼らに贈る言葉を何とかつなぎ止め、朝を迎えた。

 卒業式の日、彼らと過ごす最後の20分。

一晩かけて紡いだ言葉を、彼らに伝える。準備周到とは言えないけれど、言いたいことは伝わったはずだ。
 
 泣かずにうまく話せるはずだったのに、ひとり一人の顔をみたとたん、最後の言葉がうまく出てこなかった。

 声を詰まらせ、下を向いた私は、群青色の卒業証書に目をやった。

 ああ、この色だ。
 こんな近くにあったなんて。

 本当は、この青いみんなが、大好きだったくせに。
 私は、なぜ、素直になれなかったんだろう。

 水でぼやけた青いフィルターごしになるけれど、最後にもう一度ひとり一人の顔を覚えておきたい。心からそう思った。

 格好悪くても、ぐしゃぐしゃでも、笑顔で終わりたい。
 そう約束したはずだ。
 
 私は顔を上げて、泣きながら、笑った。

 かっこわる。

 「卒業、おめでとう」

 みんなの顔も、泣いているんだか笑っているんだか、わからない。 

 でも、素敵だよ。

 青いな、私たち。

 

 

 
 


サポートありがとうございます。頂いたサポートは、地元の小さな本屋さんや、そこを応援する地元のお店をサポートするために、活用させていただきます!