![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/153793658/rectangle_large_type_2_451e771efe5a1bb09382862311c5e652.jpeg?width=1200)
長唄「新曲浦島」解説(仮)
詞章
寄せ返る 神代ながらの浪の音 塵の世遠き調べかな
それ渤海の東幾億万里に 際涯(そこひ)も知らぬ谷あるを 名付けて帰墟というとかや
八紘九野の水尽くし 空に溢るる天の河 流れの限り注げども
無増無減と唐土の 聖人がたとへ
今ここに 見る目はるけき大海原
北を望めば渺々と 水や空なる沖つ浪
煙る碧の 蒼茫と 霞むを見れば三つ 五つ
溶けて消えゆく片帆影
それかあらぬか帆影にあらぬ 沖の鴎の むらむらぱっと 立つ水煙
寄せては返る 浪がしら その八重潮の遠方(をちかた)や
実にも不老の神人の 棲むてふ三つの島根かも
さて西岸は名にし負ふ 夕日が浦に秋寂びて
磯辺に寄する とどろ浪 岩に砕けて 裂けて散る 水の行方の悠々と
旦に洗ふ高麗の岸 夕陽もそこに夜の殿
錦繍の帳暮れ行く中空に
誰が釣舟の 玻璃の燈し火白々と
裾の紫色褪せて また染めかはる空模様
あれ何時の間に一つ星 雲の真袖の綻び見せて
斑曇(むらぐも)り変はるは秋の空の癖
しづ心なき風雲や 蜑の小舟のとりどりに 帰りを急ぐ 櫓拍子に
雨よ降れ振れ風なら吹くな 家の主爺は舟子ぢゃ
風が物言や ことづてしよもの 風は諸国を吹き廻る
船歌絡(かが)る雁がねの 声も乱れて浦の門に
岩波騒ぐ夕あらし すさまじかりける風情なり
【解説】
3幕12景で構成される楽劇「浦島」の序幕の前奏部分である長唄「新曲浦島」は、昔話で言えば「むかしむかしあるところに」の部分、長唄の演奏が終わってからようやく浦島太郎が出て来て物語が始まります。
・「寄せかえる」〜「塵の世遠き調べかな」
神代の昔から変わらず続く波の音は、俗世から離れた神々しい響きである。
・「それ渤海の東」〜「見る目はるけき大海原」
列子の故事「湯門篇」から由来、中国は渤海国の東の海中に「帰虚」と呼ばれる果てしなく深い谷がある、そこには全世界(八鉱九野)の水、天の河さえ吸い込んでいくが、それでも海は増えもしなければ減りもしない(無増無減)、それほどまでに海は広大であると唐の聖人(列子)が例えている。
・「北を望めば」〜「むらむらぱっと立つ煙」
視点が変わり、北を望むと果てしなく続く水平線が海と空の境を無くす。
彼方に見える帆船の白、そうかと思えばパッと飛び立ち、帆船ではなくカモメであった事に驚く。
・「寄せては返る」〜「棲むてふ三つの島根かも」
先述の「帰虚」に関連し、三神山と呼ばれる仙人の棲む島(蓬莱、方壷、瀛洲)を描く。
※蓬莱山は竜宮城のモデルとされる。
※瀛洲は東瀛とも呼ばれ、東瀛は日本の雅称であり、次の「さて西岸は」に繋げるものか?
・「さて西岸は」〜「夕日もそこに夜の殿」
ここからは丹後国にうつる、三味線の調子が六下がりとなり田舎節、秋の侘しい漁村を唄い。
本調子に転じてからは海が荒れ、波打ち寄せる、三味線の聞かせどころ。
朝に高麗(朝鮮半島)の岸に寄せていた波が海を渡り、夕日とともにまた高麗の岸に戻って来る。
「錦繍の帳」〜「秋の空の癖」
二上りとなり美しく輝く夕景から帳の降りるグラデーションを錦繍の緞帳に例える。
秋の空模様は変わりやすく、雲がかかる。
・「しず心なき風雲」〜
漁に出た舟は変わりゆく雲行きに帰りを急ぐ。
舟唄をかがるように雁の声が聞こえる、夕嵐が来て岩波騒ぐ。
すさまじい(荒涼とした)漁村の夕景である。