
映画「世界征服やめた」大それた夢なんてなくてもいい。やめないこと、降りないこと。
新卒で入社したのは、女子社員には朝のお茶くみ当番が回ってくる、古い体質のメーカーだった。毎朝、すし詰めの電車に乗り、重い足取りで会社に向かう。「ここじゃない」と心の中で叫びながら、息が詰まるような8時間を過ごしていた。
上に書いたのは、映画「世界征服やめた」を観て思い出した、33年前の自分の姿だ。劇中に登場する彼方(萩原利久)と星野(藤堂日向)も、理想と現実のギャップに絶望し、もがいている。
彼方を観ていると、かつての自分を重ねずにはいられない。学生時代は、夢も希望もいっぱいだったのに、社会人になり、自分が顔や名前がない存在になっていくようで苦しかった。
ある場面で、彼方が、身体的にも苦しむ様子が出てくるのだけど、それがあまりにもリアルで、観ているこちらも呼吸が止まっていた。息苦しさの中で、ふと思い出す。そういえば、通勤電車の中で、突然苦しくなって呼吸が荒くなったことがあったっけ。
ドラマチックに何か起こるわけでもなく、淡々とした彼方の日常が描かれていく。だからこそ、劇中の場面が自分ごとになり、当時の記憶が鮮やかに蘇ってきたんだと思う。
彼方の友人、星野は、それでも「でっかい夢」を語り続ける。大きな野望や夢を持つのはかっこいいように見える。でも、理想通りにならないからって、つまんないからって途中で降りてしまったら、すべておしまいなんだよ。
大それたことなんてできなくても、かっこ悪くても、ただ、ただ毎日を淡々と生きているだけでも立派なことなんだと、年齢を重ねた今だからこそ、身に沁みてわかる。ここまで生きてきた自分を認めてあげようと思った。

予告を観たときから、難しそうだな、自分に理解できるのかなと、観に行くのをためらう気持ちも正直あった。でも、北村匠海が、何を考え、何を伝えようとしているのかを知りたい。初監督作品をちゃんと見届けたくて劇場に足を運んだ。
この映画には、北村匠海は一切出演していない。「自分が出ることで、一部分だけフォーカスされたくなかった」と、裏方に徹しているのが、匠海くんらしい。
8歳で芸能界入りし、不遇の時代を長く過ごして、それでも決してやめなかった北村匠海だから描けた作品だと思う。
エンドロールで、この作品の原案となった、不可思議/wonderboyの歌が流れ、ちょうど「やめないから」の歌詞のところで「北村匠海」のクレジットが映し出される。どんなに苦しくてもやめなかった匠海くんの心の叫びのようで、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。