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【フリーランス塾レポート】 テート美術館展ツアー

国立新美術館で「テート美術館展 光 ーーターナー、印象派から現代へ」が開催されました。この開催期間中にあたる2023年9月16日、フリーランス塾の田中塾長がガイドをつとめる一風変わった「テート美術館展ツアー」が行われました。そのツアーの実況レポートをお届けします。

このツアーは3部構成からなります。
第1部:美術館近くの会議室での予習講義
第2部:テート美術館展鑑賞
第3部:美術館近くのイタリアン店で懇親会


予習講義

予習講義は美術館からほど近い場所にある小さな会議室で行われました。事前案内に書かれていた住所に着くと、ほんとにここであってるのかなと少々不安になるようなビルの入り口でした。会議室は机と椅子とプロジェクターがあるシンプルな部屋。

開始時刻が近づくと、参加者が続々と集まってきます。懇親会は任意参加でしたが、受付で確認すると全員が懇親会参加の回答でした。参加者の約8割が女性だったこともあってか、やわらかな雰囲気の中で予習講義が始まりました。


予習講義をするフリーランス塾生の大加瀬裕美さん

フリーランス塾生の大加瀬さんによる新国立美術館についてのお話から予習講義は始まりました。そういえば、美術館展が開催されている新国立美術館そのものについて目を向けることはなかったことに気づかされました。この時点ですでに予習講義の独自性が発揮されていました。

その後は、バトンが田中塾長にわたります。
「テート美術館はイギリスの美術館です。講義が始まるまでのBGMは、イギリスにちなんでポール・マッカトニーの曲をかける芸の細かさに気づいてくれましたか?」

会場を笑いでほぐした後は、テート・ギャラリーのひとつであるテート・モダンが火力発電所を改修してつくられたことが紹介されました。ここで紹介されたトリビアは、後の話で見事に回収されるために張られた伏線でした。

続いて、テート美術館の名前の由来となったイギリス人のテート氏が砂糖王であったことに始まり、イギリスの紅茶の飲み方やカップの話へと展開します。

美術館展の予習のはずが一体どこへ向かうのかと思い始めたところで、テート美術館を含むナショナル・ギャラリーの話になり、美術の話題へともどってきました。しかし、ここではヨーロッパのナショナル・ギャラリーにはある一人の重要人物が関わっていると匂わせだけしておいて、また別の話へ。

次は、一転して、グランドツアーの話へと進みます。またしても美術の話から遠ざかったかと思いきや、グランドツアーから画家のカナレットへと話はつながります。しかし、残念ながらテート美術館展にはカナレットの絵は展示されていません。

カナレットが紹介された理由は、次にプロジェクタに映し出された1枚の絵のタイトルにありました。その絵のタイトルは「ヴェネツィアを描くカナレット」。そして、それを描いたのが、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー。そうです、今回の美術館展の目玉となる画家の一人です。


カナレットを指差す田中塾長

「ここにカナレットがいるんです」
田中塾長はキャスターつきの椅子に座ったまま、映し出された絵に近寄り、指さしながら言いました。絵の中に描き込むほどにターナーに多大な影響を与えた画家としてカナレットが紹介され、カナレットが描いた繊細な描写の絵に深く関わるものとしてグランドツアーが紹介されたのでした。

ここからいよいよ美術館展の出展作品の解説が始まるのかという予想は見事に裏切られます。今度はナポレオンの話が始まります。先に匂わせをしたある重要人物はナポレオン。ナポレオンとナショナル・ギャラリーの関係が解説されます。

すでに予習講義時間の半分近くもの時間が過ぎているのに、いまだ見学する美術館展の出展作品については何ひとつ語られていません。しかし、ツアー参加者に不満げな様子はみじんもありません。それどころか、うなづいたり、「ふうん」「へええ」「ほおー」と、時々、は行の音が会場に流れ、不思議な予習講義の世界に引き込まれていることが伝わってきます。

予習講義開始から44分が経過したタイミングで、ついに美術館展につながる話題に移ります。しかし、ここでも語られるのは絵画1枚ずつの解説でもなく、画家1人ずつの解説でもありません。映し出されたスライドのタイトルは「人間関係」。そこには、美術館展に出展されている作品の画家たちの人間関係が相関図として示されていました。

師匠とは異なる画法の道に進むようになった理由、因縁のライバルとの対決エピソード、この美術館展一番人気作品の作者との関係。一人の画家像が立体的に浮かび上がってくるようにターナーについて語られました。こうして、否応なくターナーという画家への興味が喚起されることとなったのです。

ターナーへの興味が高まったところで、次々にターナーの作品が紹介されるかと思いきや、またしてもその予想は裏切られます。

「私が書いた『会計の世界史』の中でもとりあげた絵なんですけれども」
と言いながらプロジェクタに映し出されたのは、ヴェロッキオの「トビアスと天使」の絵。

なぜ、テート美術館展とは無関係に思えるこの絵が唐突にここで紹介されるのか?その謎は程なくして解けました。聖書に書かれている場面を複数の画家が絵に描くことはよく知られた話です。この「トビアスと天使」もその一つです。実は、ターナーも「トビアスと天使」の絵を描いていたのです。ヴェロッキオの絵を見た後で見るターナーの「トビアスと天使」。ターナーの抽象的な画風がよりいっそうに際立ちます。

ヴェロッキオの絵が紹介されたのは、ターナーの絵と対比するためだったのです。「ははあん、自分が『会計の世界史』の著者であることをさり気なくアピールしたいのだな」と、一瞬でも思ってしまった我が心の浅はかさをどうぞお許しください、田中塾長。


目を輝かせる田中塾長

「『トビアスと天使』がターナーの手にかかるとこう表現されるんです」
と話した時の田中塾長の目は、まるで宝物を見つけた少年のようにきらきらと輝いていました。この頃になると、ワタクシたちはもうすっかりとターナーの世界に浸りきっていました。

そして、いよいよ予習講義はクライマックスへ。スライドに映し出されたのは、美術館展に並んで展示されているターナーの2枚の絵画。よりいっそうの熱をもって、2枚の絵についての解説がなされます。これらの絵を描くにあたってターナーが強く意識したこと、その背景にあった技術革新。その解説を聞けば、この2枚がセットで意味をもつこと、この絵画がもつ価値の大きさが、素人にもひしひしと伝わってきます。

この2枚の絵が特別なものだと全身で感じたタイミングで紹介されたのが、2枚の絵におこったとある事件について。それは美術館展では決してふれられることがないと田中塾長は言います。その事件がこの予習講義で明かされたのです。

田中塾長はまるでその事件の目撃者であるかのように、ことの顛末を身振り手振りを交えながら語ります。語られた顛末は、テート・モダンが火力発電所の改修によってできた事情も絡み合った壮大な物語。冒頭で紹介されたテート・モダンに関するトリビアは、ここで見事に伏線回収されました。

聞いているワタクシたちは、未知なる美術界の大きな渦の中に巻き込まれたかのような気持ちで、壮大な物語にただただ聞き入りました。こういう時に、人は、「ええーっ」「ほおぉ」「はあぁ」と感嘆詞でしか反応できないのだと知りました。


雄弁に語る田中塾長の手

この事件を語る時、それまでにもまして田中塾長の手は表情豊かに動きました。田中塾長の手を照らすプロジェクターの光。その光に照らされて映し出される影。この光と影までもが計算された演出だったのでしょうか。って、さすがにそんなわけはないか(笑)

ターナーにまつわるあれこれの話を聞いて、ターナーへの興味が最高潮のままに、いざ美術館展へ。

とはなりませんでした。予習講義の時間はまだ15分ほど残っています。


対話型鑑賞をファシリテートする大加瀬裕美さん

スライドの切り替わりとともに、再び、大加瀬さんの登場です。アメリカのMoMAで開発されたという対話型鑑賞をやってみることになりました。

スライド一面に1枚の絵が映し出され、2人1組になって絵を見て感じたことを自由に話します。それまで田中塾長の声だけが響いていた会議室が一変して、参加者の対話の声で活気づきます。

2枚目の対話型鑑賞の対象として映し出されたのは、美術館展に展示されている絵画。2人1組で話した後、それぞれの組で会話された内容を全員でシェアします。複数人の視点で絵を鑑賞する面白さを体験できる時間でした。

ここでちょうど予習講義の90分が経過して、いよいよ美術館展へ出発です。


テート美術館展鑑賞

会議室を出て10分ほど歩いて美術館に着いてみると、そこに待ち受けていた光景は入場を待つ人の長蛇のごとくの長い列。入場まではなんと40分待ち!それを知って愕然としましたが、実際には40分はそれほど長く感じませんでした。なぜなら、さきほどの対話型鑑賞のおかげで参加者同士が会話しやすくなって、おしゃべりしているうちに40分が経ってしまったからです。

待ち行列が長いということは、当然のことながら、入場した美術館の中にもたくさんの人であふれかえっているということです。あまりの混雑ぶりで、入場早々にガイドの田中塾長を見失ってしまうはめに。

えっ、田中塾長の囁きガイドがあるはずじゃ。。。しかし、時すでに遅し。結局、それぞれが自由に鑑賞することになりました。時々はツアー参加者の人とバッタリ出くわして、同じ絵を見ながら会話する楽しさもありました。

横に書かれた解説を読みながら1枚1枚の絵をどこを見るともなく鑑賞するのがこれまでの絵画鑑賞スタイルでした。でも、今回は違いました。さきほど聞いた解説のお目当ての絵をまず探し、「これがあの絵の実物かあ」と、その絵の背後の物語を思い浮かべながら見る絵は特別なものに見えました。

会議室で対話型鑑賞をした絵の前に立った時には、「ああ確かにそうだなあ」と他の人が感じた視点をもって見ることができました。

美術館展では風景画が多く展示されていました。何ということのないありふれた風景と光が、画家の手にかかるとこんな風に表現できるのかと、絵画の魅力に改めて気づかされました。


ジョン・ブレットの「ドーセット州の崖から見えるイギリス海峡」

そして、美術館展一番人気のジョン・ブレットの「ドーセット州の崖から見えるイギリス海峡」の作品の前は常に人だかり。描かれているのは空と海だけですが、空から海に降り注ぐ光に目が奪われてしばし動けず。予習講義で「素人が見ても良さがわかる絵」と紹介された通りに、吸い込まれるようにうっとりする絵でした。

気がつけば、あっという間に集合時間です。入場待ちの時間が長かった分、予定よりも鑑賞時間は短くなりましたが、それでもたっぷりと美術館展を楽しめました。


懇親会

9月も半ばを過ぎたというのに、美術館を出た夕方になっても暑さは落ち着く気配がありません。そんな中をぞろぞろと連れ立って、足取りも軽く懇親会場へと向かう道すがら、いきなり後ろからクラクションが鳴り響きました。

何ごとかと皆が固唾をのんで見守る中、その車に近づいていく田中塾長。車の運転手はフリーランス塾の「すでにフリーランス学部」の学部長(当時)。偶然に車で通りかかって田中塾長を見つけた合図のクラクションだったと判明。まさかの偶然の出来事にワタクシたちは興奮しながら懇親会場に到着しました。

懇親会場となったイタリアンレストランでは、暑さで渇いた喉を潤し、運ばれてくるお料理に舌鼓を打ち。会話の内容はもちろん鑑賞した絵画についてのアレコレ...

というわけではなく。。。それぞれの仕事のことや、田中塾長との関係や、その他思いつくまま自由気ままな会話に花が咲きました。そんな会話の中で、今回のツアーで35年ぶりに田中塾長との再会を果たしたという人がいたことも発覚したり。

そんなこんなであっという間にお開きの時間に。こうして、会議室に始まり、イタリアンレストランに終わったテート美術館展ツアーが終了しました。

おわりに

テート美術館展ツアーの予習講義は、結論を急いで聞こうとすると、話の展開に紆余曲折がありすぎてどこに向かっているのか混乱するものでもありました。最終的には、ちゃんと予習となる地へと連れて行ってくれるものでした。しかも、画家や作品の解説だけを聞くよりもはるかに深い理解と興味が喚起されるように。つまり、遠回りしているようでも、実際には最も効果的な予習講義になっていたのです。これぞまさに孫子の兵法の「迂直の計」なり。

予習講義が終わった時、ワタクシはとても不思議な感覚に陥りました。ターナーへの理解と興味の深まりによって、早くその実物を見てみたいという気持ちになったのはまぎれもない事実です。その一方で、実物の絵は見ていないのに見たような感覚になり、予習講義だけで終わってもいいかもと感じたりもしたのです。言うなれば、今流行りのVR美術鑑賞をしたような感じとでもいうのでしょうか。実際にはVR美術鑑賞をしたことがないので、この表現が適切かは知らんけど(笑)

そんな不思議な感覚を抱えながら足を運んだ絵画鑑賞。すぐに前言を撤回したくなりました。予習講義はあくまでも頭で理解した知識に過ぎません。実物を前にして身体で感じる作品からのエネルギーは知識とは全く別ものでした。誰が描いたとか、どんな背景があったとか、そんなことを知らなくても、それらをすべて包含したエネルギーが放たれていたのです。その絵の前に立つと、考える前に感じるが発動されました。

予習講義で展覧会へ向かう気持ちの高まりをつくり、展覧会では身体で感じながら鑑賞する。テート美術館展ツアーは、日常では考えることに支配されすぎたワタクシたちに感じる感覚を取り戻してくれる時間になりました。


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