『シェフたちのコロナ禍』トリセツです。
背景の異なる34人、34の事情
『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』(文藝春秋)には、文字通り34人のシェフと店主たちが登場します。
「飲食店」と言っても立ち食い蕎麦だって料亭だってありますから、ひとくくりにはできません。背景が違えば、抱える問題も違います。
本書の取材範囲は東京(一部神奈川)ですが、下町、都心、住宅街などのエリア、料理のジャンル、営業形態、店の規模、歴史など、できる限り多岐にわたるよう取材しました。
たとえば、フランス料理のグランメゾン、夫婦で営む小さなイタリア料理店、深夜まで賑わう居酒屋、横丁の老舗、オフィス街の新店という具合です。
34人もいますから、好きなお店や、知っているシェフから読んでいただくこともできます。
飲食業の読者なら、自分のお店と似ている条件ーーお料理のジャンル、家族経営など組織や社員数などの規模、都心・下町・住宅街といった立地などーーを探してもらえれば、参考になるかもしれません。
でもその後は、ぜひ最初から読んでみてほしいのです。
2カ月間を7章に分けています
喉元過ぎれば熱さ忘れる私たちは、たった1年前のことも忘れがちです。
ダイヤモンド・プリンセス号を、ヒリヒリするような思いで見守っていたこと。ロックダウンしたイタリアの、誰一人いないミラノやローマの街に背筋を凍らせたこと。志村けんさん死去の衝撃。東京のロックダウンは今日か、明日かと息を詰めるように過ごした日々。
本書はそんな2020年春の緊急事態宣言下、宣言翌日の4月8日から宣言解除3日後の5月28日までの2カ月あまりを、7つの段階=7章に分けました。
第一章 東京、緊急事態宣言
第二章 夜は二十時まで、お酒は十九時まで
第三章 出口が見えないなかで
第四章 なんでもやってみる
第五章 これまでは、気づかなかった
第六章 惑わされない
第七章 〝その後〟の世界はどうなっている?
毎日が激動の状況で、店主たちの意識もどんどん変化していたからです。
たとえば、緊急事態宣言の発令直後は、混乱と失望。政府に期待した「休業と補償のセット」などなく、協力金も家賃支援もないまま、飲食店は「自主休業」か「お客の来ない営業」の実質2択を迫られていました。
それでも生きる道を探して、テイクアウトや期間限定の業態転換、貸切営業などたくましく可能性を見つけていきます。
不穏な空気感、感情の揺れを追体験
章タイトルからも、その変化を感じてもらえるかと思います。
章によってはたった3日間のできごとも。そんな刻み方で成長し、宣言終了を迎えようとする頃には、すでに来たるべき〝その後〟を見据える動きも現れていました。
最初の一人と最後の一人では、だから置かれた状況も、モチベーションもずいぶん違うのです。
その時、彼らがどんな状況に直面し、どう受け止めたのか。
ページをめくるごと、雨雲のように広がる2020年春の不穏な空気感、リアルタイムな感情の揺れを追体感してほしい。そのため各章の冒頭には、当時の社会の動きと店主たちの心の動きを記しています。
巻末には、16ページに及ぶ2020年の年表をつけました。日本の動き、世界の動き、飲食業界の動きをここから追うこともできます。
10月のタイミングになった、追加取材のこと
note連載時の原稿に加えて、書籍では、2020年10月に行った追加取材も掲載しています。こちらはなるべく時差が出ないよう、キュキュッと1日2〜4人に取材。それでも34人いますから、10月いっぱいかかりました。
10月は夏の第二波が去って感染者数が落ち着いてきた、偶然ですが、今思えば凪のようなタイミングでした。店主たちは年末の再拡大を予想しながらも、すこし呼吸を調えられた時期。
追加取材での彼らは、第一波を経て失ったもの、得たもの、自身の変化、そして未来のことなどを語ってくれています。
最後に一つ、「コート・ドール」斉須政雄シェフの10月の言葉を、一部ですが抜粋しておきます。創業35年のフランス料理店。シェフは、料理ジャンルや年代を超えてあらゆる飲食人から尊敬を集める、師のような存在です。
その斉須シェフが、一瞬、少年のように見えた瞬間でした。
だって、ずっと夢だった仕事なんですよ。
だから今、実現していることがたまらなくうれしい。お客さんのために、毎日料理を作ることができている自分が、うれしいんですよ。それが僕の「やりたいこと」だったんですよね。