変わる「劇場体験」のかたち。
まだまだ終わりの見えないCOVID19禍。
そんな中、仕事柄そして個人的な楽しみとしても気になり続けているのが今後の「劇場体験」のかたち。
例えば歌舞伎は良く知られているように食事をしたり、お酒を飲んだりしながらゆるゆると楽しまれ、育まれてきた舞台芸術。その空気を取り戻したいと亡くなられた中村勘三郎さんが「渋谷に芝居小屋を」と始められたのが "コクーン歌舞伎" そして "中村座” どちらも最初から足しげく通い、思い出が一杯。会場で売っていたおちょこ付きの小さなボトルの日本酒、ある時は期間限定で発売されるヴーヴクリコのクーラーに入れたシャンパーニュを携えて、ゆるゆるとした気分ででも舞台体験としては刺激的な楽しい時を過ごしました。
受容層は全く違いますが、オペラ座もまた、元々は劇場内にグラスを持ち込むのは当然、ボックス席にはシャンパンクーラーに入ったシャンパンがおかれ、1回目の幕間の後には しゃらん しゃらん と氷の音が解けて崩れる音も劇場の音の一つでした。
それを知らない方が聞くと今や「騒音」になってしまうのかもしれませんが、私は「劇場の音」として大好きでしたし、今でも恋しい。
当時はまだプティフールも売られていて、いつか素敵な方とシャンパーニュとプティフールをボックス席で楽しみたいな、と思っていました。
今では不可能になってしまいました。
オペラ座も改装後、客席へのグラスの持ち込みは禁止となってしまったのです。
また、ボックス席もボックス単位ではなく、一席ずつ売られるようになり、空間を共同で使うものになり、ボックス席でシャンパンクーラー、ということもなくなったのです。
改装後すぐ、その変化を知らなかった私はいつも通り飲み切れなかったグラスを持ち込もうとして止められ、やはり知らなかった他のお客様と共に顔を見合わせながら入口で一気、と何とも味気ない事をしたことがあります。
今でも知らずに持ち込もうとして止められて…という風景を見かける事が良くあります。
何とも味気ない、と感じるのは私だけではないのではないかな、と思いますがどうなのでしょうか。
「真面目に舞台みる」のにアルコールは不要!というのが今の流れなのでしょうか。
酔っぱらってみるわけではありませんが、程よく喉を潤す美味しいアルコールと舞台の高揚感はとても相性がいいものだと思うのですが、そんな体験すら今後はできなくなるのかもしれません。
先日、再開したパリ・オペラ座でもバーはクローズとのこと。
ここにもちらりと書いた自分のための「希望の空手形」として購入したシャンゼリゼ劇場ベニョワール席のSimon Grachyのコンサートは無事行われましたが、そちらは幕間のない構成になっていました。
幸いに行って下さる方があり、喜んでいただけてとても嬉しい。(もちろん自分が行ければ一番でしたが、今入国後・出国後で約1か月の隔離になるのでリアルではありません)
シャンゼリゼ劇場もバーはあいておらず、当日プログラムもなし。当日プログラムはその日でなければ手に入らない劇場通いの重要な資料ですが、それも今後はなくなるのでしょうか。これは正直考えてもみなかったことでした。
紙のチケットは少し前からスマートフォンでのチケット表示や自宅での印刷に切り替わっていて、味気はないものの便利ではありますが、全面的に「紙もの」が劇場から姿を消すというのは想像していませんでした。
これまでの様々な「当たり前」が変わりつつあるのだとひしひしと感じています。
今後はそれらがどう定着するのか分かりません。もしかしたらバーのシャンパーニュがベビーボトル提供になったり、という変化になるのかもしれません。全く復活しないというのは・・・考えたくない。
もちろん劇場は舞台を見るのが今では一義の場所になっています。
ですが、見る事をを含めた「体験」もまた劇場の愉しさだと思っています。それを含めてその日の舞台を愉しむのが私は好きですし、そういう存在だと思っています。
幕間のおしゃべり、思いがけない出会いや再会、そして軽く飲んだり乾杯したり…それらが失われる劇場の未来がどうしても私にははっきりとは見えなません。
英国ロイヤル・オペラ・ハウスのハニーサックルやジンジャーのアイスクリームなど既に失われた味とそれにまつわる体験もありますが、これからも体験は失われ続けるのでしょうか。それとも何か新たな体験が加わるのでしょうか。
後者だといいなぁ、と思いますけれど。