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浦島語り#07 女心とモタとメチー侍女は何になったのかー

はじめに

昨日まで1週間にわたって隠岐でフィールドワークをしていました。
そう、日本史では配流の地として有名な、あの隠岐です。

前回紹介した、この地に残る不思議な浦島型伝承が私のテーマ。

この伝承に迫るため、地域のシニア層や当地の図書館はもちろんのこと、教育委員会に法務局まで訪問させていただきました。家族にたくさん協力してもらって実現したフィールドワークでしたが、実際にその地に入り込むと見えてくるもの、というのは、本当にたくさんあって、やっぱり行って良かったな、と、しみじみ思いました。今はフェリー2時間半、運転3時間半の合計6時間かけて帰宅したところです(同じ県なのにこの移動時間……)

さてさて、早速フィールドワークで感じたことをつらつら書いていきたいところなのですが、その前に、この伝承の特徴を知っていただくために、おそらくは派生版、と見られるお話を紹介してみたいと思います。

ちなみに、前回紹介した「白島の赤法印」という伝承のあらすじはこちら。

 源太夫という漁師が怪我した海亀を助けたことによって、竜宮城に連れていってもらう。源太夫は、竜宮城の乙姫としばらくは楽しい生活を送る。しかし望郷の思いに勝てず、再び隠岐島の中村の里に帰ることになる。乙姫とのつきぬ別れを惜しむが、途中、どうした間違いからか、源太夫はついて来た見送りの侍女と恋に落ちる。乙姫は激しく怒り、見送りの侍女全員を竜宮城から解雇し、追放する。侍女たちは、堕落してモタという鱶の一種になる。白島の「屏風ヶ岩」の近にある「モタが岩屋」は、棲む所を失ったモタがよく集まって来て、こっそりと昼寝をしたことに由来する。これを中村の漁師たちは苦もなく生け捕りにして、その肉を食べていた。
 源太夫は前非を悔いて出家し、「モタが岩屋」の前で、端坐合掌しながら石に化す。これが赤茶色をした人の姿、あるいは緋の衣をまとった僧侶に見えるところから、土地の人は「赤法印」「赤法師」「赤いさん」などと名づけている。

野津龍氏『隠岐島の伝説』を参照し、まとめなおしました。

主人公の名こそ「源太夫」ながら、前半は完全に「浦島太郎」……。

なのに、禁忌が玉手箱の開封ではなく、移り気・浮気、という妙な生々しさとリアリティを備えています。さらに、主人公が禁忌を犯したはずなのに、報いは侍女に向くという理不尽さ(でも、女の怒りは女に向く……と小泉八雲夫人のセツさんも仰ったようですし、これもまた、生々しさを備えているように感じられたりして)

さて、この伝承、明治から昭和までは文献に見出すことができるものの、時代とともに失われてしまったようで、あまり書物にその姿を現しません。が、やはり当地に出向くと語る方がいらっしゃるんです。

次に紹介するのは2016年に当地でフィールドワークをした際にお聞かせいただいた話です。どこが違うのか、ちょっと注意して読んでみてくださいね。

浦島太郎(S10生 女性が、かつて祖父から聞いた話)

とんとむかし、あるところに、わかぁい漁師がおってな、あの、それは、あの、脇灘っていうところに船があって、その船に乗って、あの、漁に出てござったふうだいど、ある日、おんなじやあに、漁して戻ってきたら、かけだの道で子どもらが集まってな、四、五人集まって、わいわい騒いじょふう。

「お前ら、何しちょっとこだ」ってそばに寄ってみたら、亀を捕まえちょって、叩いたり、踏んだりしちょったさなわ。「お前らまぁ、そげなことしてしちょら、叩いたてや、いわたしことだけん、やめぇな。」って言わしても、「そいでもこの亀はの、叩いても踏んでも、たいに頭ださのけ。」ってて言いながら痛めてたふうで、まあ、こらま、このまましちょったらなんぼ亀でも死んでしまぁわと思って、その、太郎さんは、我がこじゃに持っちょった、あの、米の炒ったのをな、それを子どもらに「これ、分けて食えな」っててってやって、そえから、亀と交換したしたちゅう。そいからそのまま海へ放してやって、「お前ま、急いでいねよ」っててって放さしたちゅう。

そげなことがあってからなんぼ日にち経ったやらわからんだいど、また、いい凪のときに、脇灘から出て漁してござった。そこへ、あの、亀が来て、「このごろはまあ、助けてもらって、ありがとござんした。今日はあの、いいとこへ連れていきますけん、ワシとあの、行きましょうや」っていって言われて、ま、どげしよかいと思っだいど、亀が一生懸命頼むんだけん、そいならあの、行くかなあって思って、亀の背中に乗らしたちゅう。

そしたら亀はすいすいすいすい泳いで、竜宮の門からくぐって、ほんとに竜宮城があったちゅうが。そいから乙姫さんが、「まあ、ほんとによう来てござした。亀がまあ、世話になっての。」っててって、それからご馳走よばれたり、楽しい日が何日か続いた。そいでもいいことばっかりあっだいど、まあ、うちのお母さんはどけしちょっだらな。って思って思ったらうちのことが思い出されて、まあ、どげんしたてて、いんでみたぁなって、そいからまあな、乙姫さんにそのことを、話したふう。

「まあ、そこまでいんたけりゃ、うちのことが思われやなけりゃ、しかたがないけん、そいならま、いなっしゃっか。」って、さいならのご馳走も食べて、そいから竜宮城にお別れをすることになったちゅう。

そいからあの、したら乙姫さんが、「お前あの、こいから長い道を帰るわけだいど、その間に災難があっちゃいけんし、寂しいことがあっちゃいけんけん、あの、侍女を何人かつけてごすけん、この、あの、ちゃんと、うちへいんでくださいや」乙姫さんが情けをかけてくださって。それから何人かの、五、六人の侍女をひき連れて、一緒に、あの、脇灘を目指さしたふうだ。

そして戻って、太郎さんはちゃんと脇灘へ送り届けたいど、そしたらその長ぁい間、で、あの、戻る道の、間に、あの、その侍女と、あの、太郎さんは仲良くなってござって、そのことがあの、竜宮城に知れたらもう乙姫さん、竜宮城はかんかんに怒って、「ま、お前らは戻らいでもいい」ってて、竜宮城から解雇させたちゅう。

そいだけんもうそこ、いぬることができぬやになった侍女たちは、その竜宮の門の方から白島の方をうろうろうろうろ泳いで、泳ぎまわって、長いこと経ったふうだ。そのうちにあの、おちぶれて、そいこそメチていう、動物だいら、魚だいら、わからんのんのに体が変わってしまって、そいで太郎さんは、送ってもらって脇灘へ上がったいど、われの船も見えぬし、われのもとおったとこもわからんやんなって、お母さんもまあ、とうにおらんやになって、そいこそ知った人は誰だいおらんし、まあ、こげな難儀なこたないと思って、そいからお寺さんへ行って、ぼんさんにならしたふう。

そいからお母さんの弔いをしたりしちょっだいど、そのうちに、あの、その、われが連れて送ってもらった召使たちが、そのメチっていう、妙な動物にされちょうっちゅうことがわかって、それはもう自分が、もとは、われから出た錆だと思って、そいから、それこそ仏に入って、仏さん拝んだり、悪いことしたと思って、ずぅっと、ずぅっと、石の上に座って、見守ってござったふう。

そいでももう、中村の漁師らは、そいこそ、いい魚のようなそいができたけん、珍しいもんが出たけん、だけん、それを獲って食べることを始めた。そいでその食べ方も、ただ行きたてて、さ、早くてとてもとても捕まるようなもんじゃなかった。そだけん、みんなして、網をこしらえて、あの、蔓を、藤蔓だそうです、藤蔓を取ってきてそれを網にして、その竜宮の門ていう、そこは亀がくぐっていくときに、そこからくぐっていったので、のちの人が竜宮の門て言ったそうですけども、そこにはいつも帰れるかと思って、そのメチもその岩に集まってきて、そいだけん日向にお日さんがあたったときは、岩の上にあがって、背中を干して、昼寝しちょったそうな。でそのまい、漁師らは、夜網を仕掛けちょって、そいこそメチが昼寝をしちょったら、そこの船の縁をとんとんと叩いたり岩を叩いたり、そして音したらおびえてメチが海の中にどぼんと飛び込んだのを、網を引いて、獲って、もうそのメチは、白島にはいなくなったんだそうですけど、まあそれも、メチの最期をどうすることもできなかった太郎さんは岩となって、そこに座ってござる。でそれがまた赤茶けたような、陸から見ると見えるそうで、衣を着た坊さんのように見えて、そこを通る人たちは、そういってここに座って、メチの最期を弔ってござってるって話してたそうです。

だけんもう、それはそこで獲って食べられてしまって、それからあとは、メチは白島の方へは、泳いでこなくなったんですけど、この浦島太郎は、そいこそいい思いをしたけれど、最後は、そういうような、なんていうのかな、仲良くなっちゃいけない、あの、まっすぐに竜宮城に自分も連れて戻ってもらったもんだけん、あの、その侍女たちもまっすぐにそこのもとのところに帰っていくのが本当なのに、自分の気持ちで不孝なものをしたってので、最期はそれを弔って、自分もそういう姿になったてな話だ。とん。

おわりに

いかがでしたでしょうか?

こちらは、2016年にフィールドワークをした際お聞かせいただいた話を、そのまま文字化したものでした。独特の隠岐方言、少し読みにくかったかもしれませんが、耳から聞くと温かくてとてもいい運びなんです。

さておき、こちら、前回紹介した「白島の赤法印」とほぼ同じ展開を有しながらも、主人公が「浦島太郎」で、侍女が変えられた異類が「モタ(鮫)」ではなくて「メチ(アシカ)」

現在は絶滅したとされるニホンアシカですが、隠岐はかつてニホンアシカたちの繁殖地でした。

※厳密にはIUCNレッドリストではすでに絶滅した種として記載されていますが、国内の環境省レッドリスト2019では絶滅危惧ⅠA種に位置付けられています。最後の生息情報は1975年の竹島における記録で、その50年後にあたる2025年(来年!)には絶滅が宣言される見通し。
 服部薫編『日本の鰭脚類:海に生きるアシカとアザラシ』東京大学出版会より

語り手の方が、「メチ」を魚類ではなくて海獣と見なしていることも、カタリの中から感じられますね。

どうしてこのような変化が生じたのでしょう。

これについては分からないことも多いのですが、とりあえず現時点で明らかになっていることを次週以降、紹介していきたいと思います。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。また来週、お目にかかりましょう。

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