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出席簿#38「島の冬、波にとおせんぼ」

【月曜更新】「おしゃべりな出席簿」

12月9日、月曜日。皆さま週末はいかがお過ごしでしたか?私は、今年最後の対面稽古をするため、フェリーに乗って隠岐にわたっていました。何度かこちらでも書いていますが、隠岐郡海士町には、私が指導者を務める詩吟愛好会「隠岐國縁吟会」があるのです。

今回はもう強風で……。冬の海は荒れがちなので、想定の範囲内、欠航でないだけありがたいし、時化の船にももうずいぶんと乗ってきたのですが……それと平気かどうかは別問題。しかも毎回2歳児連れなので、波が高いときはいつもドキドキです。今回もなかなかに揺れたのですが、幸い息子がすぐに寝てくれたので(フェリー豆知識:身体を縦にしていると船酔いするけど、横になっているとけっこう平気)、私も休んでいるうちに目的地へ着くことができました。

いつもフェリーから小さな内航船に乗り換えて最寄り港を目指すのですが、この前までは夕暮れ時に着いていたはずが、今回は船を降りると真っ暗!波の高さと日の短さに冬の訪れを感じた島の小旅行でした。

さて、月木に更新しているnoteですが、月曜日には拙著『おしゃべりな出席簿』お試し版として、連載当時の作品とそれに寄せて今の思いなどを気ままに綴っています。今回ご紹介するのは、まさに波の高さと欠航についてのエピソード。皆さんは天気予報の「波高」、意識したことありますか……?

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定期的に沸き起こる席替えコール、学食バイキングでの温かい交流、総体出場メンバー選抜前のギスギス感。センター試験前にフェリー欠航の危機!?緊急事態宣言、そのとき島根では……?誰もが懐かしめる学生時代の思い出も、島根ならではエピソードも詰まった一冊です。

「島の冬、波にとおせんぼ」

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どうしよう、デジタル表示の海が、オレンジ色。
木枯らしの季節、これまで気にも留めなかった「情報」に一喜一憂するようになった。それは、天気予報の、波高(はこう)。

東京出張中のこと、隣で校長先生のスマホが鳴った。「……そんなに高い見込みか…しかし出発を早めると……」

これは、まさか。
「波、ですか……?」

今の勤務校は小さな島にある。波が高いと船は欠航。波高の見方は信号と同じだ。「青」は安全、「黄」は注意。「赤」になったらまず欠航。出張から戻る日は黄、翌日は赤。急ぐに越したことはない。冬将軍との追いかけっこだ。フェリーが止まる前に、なんとしてでも港まで。校長先生の判断で飛行機を早めて島に舞い戻ることになった。

保護者面談の予定が頭をよぎった。戻った日の夕方一件。遠方から来ている寮生のお母さんだった。急いで電話をかける。もう今頃は島のはず。夕方まで滞在した場合、お母さんが帰れなくなっちゃう危険性がある。「私、朝一番で島に戻ります。面談を早め、午後の船で帰られてはどうでしょう」

4時に起きて身支度をし、6時過ぎに空港。なんとか朝の船に乗れそう、だったのに、「今日は全便欠航だとや」あきれたような校長先生の声。

がっくりと肩を落としてから、気を取り直してもう一度、面談予定のお母さんに電話をかけた。「……島に、戻れなくなっちゃいました」

一呼吸おいて、「……お母さんも島から出られ、ませんよね……?」

困ったけれど、どうしようもない。

船が動いたのは2日後だった。港でお母さんを待って面談をした。「すみません」。波高を見て提案したのに……。

「お天気のことですもん。先生こそ、大変で。」しばらく進路や科目のお話をして、「あ、時間が」。お母さんは、都会で家事も仕事も頑張っていると聞いていた。私にも次の仕事が。慌ただしく別れてから、久々に時計を気にしたな、と思った。波にとおせんぼされている時間は、流れてるような、止まってるような。お母さんも、そんな時間を島で過ごしたのだろうか。

自然には勝てない、と思っていたのが、だんだん、「もう、しょうがないな」と思うようになる。もちつもたれつ。勝ち負けじゃない。そういえば面談場所も、「欠航で、面談が……」。駄目もとで港のビルにお願いすると、快く貸してくださった。島暮らし、不便なこともあるけれど、人の優しさに気づいてく。許せることも増えていく。

とはいえ、もっと波は読めないと。島初心者の私は、冬の訪れにちょっと緊張してたりもする。

(2015/12/16 朝日新聞島根版掲載)

作品に寄せて

お読みいただきありがとうございました。コロナ禍を経て、ずいぶんオンライン化が進み、リモートでもできるお仕事が増えたように思いますが、10年前って、欠航すると仕事も学校もストップ。時間から取り残されたようにぽつん、として過ごすしかなかったような気がします。

あれから10年、便利になった部分も多くあり、今は欠航になってもなんだかんだ仕事が進められたりするのかもしれませんが、それだけに、あの当時、欠航を前に手も足も出せないままだったあの時の気持ち、時間においていかれるあの感覚、自然には勝てないというしみじみとした実感は、ある意味とても貴重な体験だったようにも思うのです。

そういえば!蛇足かもしれませんが、「島での保護者面談」について。なぜ高校生の保護者が島外から来ているのか、不思議に思われた方もいらっしゃるかもしれませんので少し補足をすると、当時私のクラスには、島留学といって島外からやってきて島での高校生活を送る、という選択をした生徒たちがざっと半数はいたのです。

保護者面談、当時からオンラインでできないことはなかったのですが、学校行事や保護者面談には学校の方針として、極力保護者の方に、島までお越しいただいていました。生徒が生活している環境を肌で感じていただき、生徒の成長を見ていただき、また、島親さんをはじめとする「一緒に生徒を育む地域の大人たち」の顔もみていただくため。今はどうなっているか分かりませんが、当時はこういう意図から、年に2回は島にお越しいただいていたように思います。

もちろん保護者面談は予定が立てやすいよう、海が穏やかな時期にやるのが普通なのですが、こんなに海が荒れる時期までずれ込んでしまったのは……たぶんお母さんがご多忙で私も出張が多く、そこしか合わなかったからだと思うのです。それがまさかの大自然による足止め……。お互いにとって忘れられない保護者面談となりました。

お母さんも、そしてもちろん私も、それなりに後日、仕事にしわ寄せがあったと思うのですが……港で顔を合わせたときには、お互いに「仕方ないですね」と苦笑しあい、最後には手を振って別れました。それも含め、今となってはいい思い出です。

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