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創作童話 よく似ているけどちがう虫
よく似ているけどちがう虫
広いのはらのそこかしこ。よく似た虫がいるそうな。
よく似てるけど遊んじゃいけない。
だって似ててもちがう虫。ちがう虫にはちがう幸せ。
そよ風が吹き抜け、しなった葉が大きく揺れました。コガネムシの子、ピカがびよんと地面に降り立つと、不思議なものが見えました。大きな泥玉が、コロコロ転がってくるのです。止まった泥玉から声がしました。
「ここはどこ?迷っちゃった。ねえ、手伝って」
驚いたピカの前に、そっくりな虫が顔を出すと、器用に逆立ちをして後ろ足だけで泥玉を転がし始めました。コロコロコロコロ。逆立ちのできないピカはあわてて前足を泥玉にかけますが、上手にできません。
「ぼく、やったことがないの。」
今度は相手が目を丸くしました。
「仲間だと思ってた。でも、君はつやつやのべべを着てるね。じゃあ、道案内をして」
そこで、ピカは玉乗りをしながら、声を張り上げました。
「もうすぐ分かれ道!右だよ!」
さっきつかまって遊んでいたはっぱが、下の方でそよいでいました。ふだんの遊び場が、初めて見る世界になったようでした。
河原につくころには、川が夕日のオレンジに染まっていました。川面にはすっかりどろんこになったピカが映っていました
「おんなじ色になったね」
ピカがそういうと、虫はにっこりしました。
「きれいなべべだったのに、ごめんね。ぼくはコロ。きみはもしかして、コガネムシ?聞いたことあるよ、『コガネムシは金持ちだ。金蔵建てた蔵建てた』って。」
ピカは、「ぼくも、聞いたことがある……」歌おうとして、止まりました。(広いのはらのそこかしこ。よく似た虫がいるそうな。よく似てるけど遊んじゃいけない。だって似ててもちがう虫。)
仲間たちは、謡い終わると、きまって声を出さずに笑っていました、ピカは、なんとなく、それがいやでたまらなかったのでした。これはコロの歌?仲良くなっちゃだめなの?なにより、歌ったら哀しい顔になるんじゃないかな。するとコロが続けました。
「”ちがう虫にはちがう幸せ”、この歌?」
歌い終わるとしん、として、せせらぎだけが聞こえていました。ピカは一生懸命口を開きました。
「内緒のお友達になろうよ」。
うちに帰ると、どろんこのべべにお母さんが声をあげました。
「せっかくのべべが。そんな遊び方しちゃだめよ」
ピカは、しゅん、となって、おばあちゃんの離れに行きました。
「おばあちゃん、ふしぎなお友達に会ったよ」
言ってからそおっとうかがいます。こらって言われるかな。おばあちゃんは目を細めて聞いていました。きっと、大丈夫。
「ぼくたちと、よく似ててね、後ろ足で泥玉をコロコロしてるの」
おばあちゃんは、遠くを眺めながら言いました。
「おばあちゃんもね、会ったことがあるんだよ。」
ピカは驚きました。
「コロと遊ぶのは、いいこと?それとも、悪いこと?」
おばあちゃんはにっこりと言いました。
「今度ここに、連れておいで。」
次の日、二匹はおばあちゃんの離れに行きました。コロはフンコロガシという虫でした。おばあちゃんはゆっくり話してくれました。
……一生懸命働く虫だったね。まだ娘だった時のことさ。新しい蔵の壁塗りにきてくれたんだよ。コロコロと材料を運んで、朝から晩まで壁を塗ってるんだ。お礼にお茶を出すのが嬉しいこと。いいべべを着てると困った顔をするから、一番地味なべべに着替えてね。それでもべべが汚れて、ひどくしかられて。フンコロガシとは身分が違うから、遊んじゃいけないって、きつく言われて、それっきりさ。
話し終わるとおばあちゃんは、出て行きました。ピカがコロの顔を盗み見ると、悲しそうな目で後ろ姿をみていました。胸が締め付けられたピカは、
「ごめんね。おばあちゃんの話。君たちのこと……」
「なんで?おばあちゃんの思ってることじゃないし、これは大切なお仕事だって、僕たち知ってるもの。それより、おばあちゃんが可哀そう。」
薄い雲のかかる空は、ぼんやりと白茶色になってきました。涼しい風に吹かれて、二匹は蔵の前に立ちました。蔵には、何重にも鍵がかかっています。ピカは、以前おばあちゃんがやっていた通りに開けました。
「わあ、きれい。」
中には、たくさんのべべがありました。金糸の刺繍、柔らかそうなちりめん、つやつやした緑、深みのある黒……。
「おばあちゃん、大切なものをしまうところに、この蔵を選んだんだね。」ピカがそういうと、コロが嬉しそうに返しました。
「ごらんよ、この壁。立派だなあ。」
それから二匹で決めました。この蔵は、僕たちの秘密基地。
それから一週間。基地では、内緒の計画が進行していました。コロが壁土を運び、ピカはべべを並べます。そしてある昼下がり。おばあちゃんが日向ぼっこをしていると、ピカとコロがやってきました。
「おばあちゃんを僕たちの基地に招待します」
がちゃり。ぎぎぎ。蔵の戸が開きます。仕切りのような低い壁が増えていました。そして……。
「きれいにしてくれたもんだねえ」
壁はべべの生地に彩られていました。仕切りの中の小さな部屋は、それぞれに違った顔で澄ましています。壁紙代わりにべべが張られた部屋、カーテンとしてべべが揺れる部屋。一番奥には、立派な壁土をありのままに見せた部屋。それぞれの部屋には、べべも飾ってありました。
「きれいだ、きれいだねえ。おばあちゃん、きれいなべべを着るのが、なんだかすまなかったんだよ。もうずっと、ずっと……。」
おばあちゃんの眼にうっすらと涙が光りました。
「おばあちゃん、ほら、真ん中に来て」
ピカは、おばあちゃんの手を引いて、一番奥の間に連れて行きました。そして、一番きれいなべべを小さな肩に掛けました。コロが顔をくしゃっとして言いました。
「おばあちゃん、あったかい話をありがとう。大切なものをこの蔵にしまってくれてありがとう。おかげさまでべべも傷まず、きれいなままです。ぼくたちのいい仕事を伝えるためにも、どうぞこのべべをいっぱいいっぱい着てください。」
おばあちゃんはゆっくり何度も頷きました。肩がかすかにふるえていました。
ずいぶん経ってからのお話です。河原にあの蔵のような立派な建物ができました。秘密基地?いいえ、もう秘密ではありません。立派な壁土にたくさんのべべと反物。
「そうだなあ、しばらく大きな仕事でコロコロし続けるから、何度洗っても傷みにくいべべを新調したいなあ。」
「今度赤ちゃんが生まれるの。一部屋増築して、壁には柔らかい色のクロスを張りたいわ。」
お客さんには、フンコロガシもいます。コガネムシもいます。それは、ピカとコロのお店。インテリアデザインのお店です。お店ではいつも二匹が楽しそうに歌いながら仕事をしています。
よく似てるけどちがう虫
ちがう虫にはちがう幸せ
二匹集まりゃ大きな幸せ
おしまい
作品に寄せて
先週初めてnoteに創作童話を載せました。思ったよりスキをいただき、本当にうれしかったです。今回は虫のお話。
ずいぶん昔に、新美南吉文学賞で、新美氏の執筆メモのうち、作品化されていないものを題材に書く、という部門があったのですが、
「コガネムシは金持ちだ」という歌を聞いたコガネムシの子がびっくりする
というメモがその候補に含まれており……。
そこから着想を得て書いたものでした。
これまたずいぶん前のことになりますが、「虐めロールプレイ」という研修を受けたことがあります。教職員の研修で、役割を決めて、虐められている子、虐めグループの中心の子、その他の子を演じる、というもので、私はその他の子でした。虐められている子に声をかけようとしたら、虐めグループの子に遮られる、という展開で、結果、仲間外れに加担してしまう……。ロールプレイではありましたが、それがとてもとても苦しくて……。仲間外れは傍観者も深い傷を負うことがある、そんなことを強く感じた出来事でした。そのときの記憶を昇華させたくて書いた、という部分もあります。もし、お読みいただいた方に少しでも温かい気持ちになってもらえたのでしたら嬉しいです。
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