イヤー・トレーニングのすすめ(第3回):アーティキュレーション編

こんにちは。名古屋でベースを弾いている吉岡直樹です。

イヤー・トレーニングについての記事の3回目です。今回は、アーティキュレーションの聞き取りとその大切さ、それに練習方法についてお伝えします。

アーティキュレーションとは

アーティキュレーションとは、テヌートやスタッカートのように、音符の長さ(言い換えれば切り方)についての指示や、アクセントやゴースト・ノート(いわゆる飲む音)のように音の一時的な強弱についての指示のことをいいます。マルカート(私が誤解していなければ強くて短いの意味)のように、長さと強弱の両方にまたがるものもあるでしょう。

アクセントやゴースト・ノートのようなアーティキュレーションによる強弱はあくまでもフレーズのなかにおける強弱ですから、フォルテやピアノのようなダイナミクスとはまた次元が異なるということも理解しましょう。ただし、スフォルツァンドのように、一見ダイナミクスの記号のようであっても、一音に対する強勢をあらわす場合、実質的にはアクセントの一種です。

ここでは、ここではフレーズにおけるそれぞれの音の扱い全般を扱います。アクセントはアーティキュレーションではないという意見もあるようですが、他方でアクセント記号はアーティキュレーション記号の一種だと説明されることもあることから、本稿の主旨から、ここではこれらも広義のアーティキュレーションとして扱います。また同様の理由で、アーティキュレーションとは直接無関係の音価(音符や休符の長さ)についても同時に扱うものとします。

アーティキュレーションの重要性

まずは、アーティキュレーションを意識して演奏することがなぜ重要なのか、またアーティキュレーションがいい加減な場合、どのようになるかについて簡単に説明してみましょう。

サウンドの見通し

ジャズのスウィングのリズムは、例えば軍楽隊の奏でる行進曲のようなものと比べると、どちらかといえばルーズで雑然としたサウンドといえるでしょう。しかし、優れたジャズのアンサンブルは、実際のところよくコントロールされていて見通しがよいものです。

特に音価をきちんと守り、またアーティキュレーションがきちんと意識されたアンサンブルは、そうでないバンドと比べてとても力強いスウィング感があり、音楽表現がより明確に伝わり、聴衆にインパクトを与えます。

一方、音価やアーティキュレーションへの意識が甘いジャズ・アンサンブルでは、サウンドが曖昧模糊としており、印象が雑然として、スウィング感やインパクトに欠けます。

この違いは演奏を聴いた印象だけではありません。音価やアーティキュレーションがきちんとしたアンサンブルは、そうでないバンドと比べて演奏中、お互いの音がよく聞こえますし、リズムやバンドの方向性が明確で、非常に見通しがよく、しかもとても演奏しやすいものです。

アーティキュレーションをきちんと配慮した演奏は、聴衆の立場でも共演者の立場でも、一言でいうならサウンドが見通しがよいといえると考えます。

リズムの安定感

音価やアーティキュレーションを意識すると、結果的にリズムが安定する傾向があるようです。

音価を意識することになると結果的にそれぞれの拍をより明確に意識するようになるし、テヌートやスタッカートを意識するのであれば拍よりも細かなパルス(サブディビジョン)について感じることになります。つまり、カメラやスキャナに例えるならば、タイムに対する耳の解像度が上がるようなものと考えることもできるでしょう。

アーティキュレーションが貧弱な「棒読み」のようなフレーズを演奏するよりも、明確なアーティキュレーションのついた、より音楽的で生き生きとした演奏をしたほうが、結果的にテンポ・キープにつながるといった効果もあるものと考えられます。

各パートの自立

ジャズのよいアンサンブルは、各パートがそれぞれきちんと自立しつつも互いに作用しながら音楽を紡いでいくことです。

例えば、4/4拍子のスウィングにおいて、例えば There Is No Greater Love のような4分音符が主体のメロディを演奏することを考えてみましょう。

このとき、ウォーキング・ベースラインの4分音符は、レガートに演奏することで滔々と流れる大河のようなリズムの土台部分をつくります。ライドシンバルもサスティーンのきいた4分音符主体のサウンドをつくります。

これに対して、管楽器が4分音符主体のメロディをただ漫然と、例えば同じくレガートあるいはテヌートで演奏したらどのようなことが起こるでしょうか。リズム・セクション、特にベースやドラムスの4分音符とコントラストがつかないので、非常に単調でメリハリのないサウンドに陥ることでしょう。

しかし、もしアーティキュレーションを意識して、4分音符のいくつかをスタッカートやソフト・スタッカートなどのアーティキュレーションをつけたらどうでしょうか。リズム・セクションの「遠景」に対して、メロディが「近景」として立ち上がってきて、とても生き生きとしたサウンドになることでしょう。

今は説明の都合で2つのパートの対比を取り上げましたが、実際のアンサンブルではピアノやギターのコンピングも加わりますし、ビッグバンドのような大編成であればさらにいくつかのパートが複雑に絡みあうようなアレンジもあることでしょう。そのようなときに、各パートが自立していなければ非常にごちゃごちゃしたサウンドになりかねません。各パートが自立するための重要な要素のひとつがアーティキュレーションであるといえるでしょう。

アーティキュレーション向上の取り組み

それではアーティキュレーションを向上させてアンサンブルの底上げを図るためにはどのようにしたらよいのでしょうか。

音価の意識

まずは、音価をしっかり意識することが大切です。すなわち、音を切るタイミングをきちんと意識することから始めましょう。これは管楽器や擦弦楽器のような持続音を演奏する楽器だけでなく、音が減衰する楽器のプレイヤーにとっても非常に重要なことです。

例えば、フレーズの終わりが4/4拍子の1拍目で終わる場合、例えば、次の譜例のA〜Dのようなケースが考えられます。

フレーズの終わりの例

まず、これらA〜Dをきちんと区別して演奏しているでしょうか。例えば、Bのように記譜されているのに、AやCやD、あるいはそれ以外の演奏をしてはいないでしょうか。ジャズ・アンサンブルでは、Bのように記譜されているのであれば4拍目で音を切る(休符を演奏する)必要があります。しかし、この意識がとても甘いケースが散見されるのです。

これを改善するだけでもサウンドは一段と明確になります。これは、ビッグバンドやハードバップのようなアレンジを演奏するときはもちろんなのですが、メロディをフェイクしたり、ソロをしたりするときにおいても基本的な考え方です。

ソロをコピーするときには、ぜひこのように音が実際にどこで切れているかもチェックする習慣をつけてください。ソロやメロディのときは、例外的にレセ・ヴィブレといいますが、長い音の切りをあえて曖昧にすることも確かにあります。しかし、管楽器であれギターやピアノやベースのような減衰する楽器であれ歌であれ、音の切りというのは原則として意識して演奏されることに気づくと思います。

重要なのは、音価を意識して音を切ることは、技術的なハードルが極めて低いということです。つまり、技術的な修練なしに、演奏のクオリティを一段階あげることができるのです。この習慣を身につけない手はないと私は考えます。

音の長さの意識

音価を意識することができるようになったら、次にアーティキュレーションについて意識してみましょう。

次の譜例は、ジャズにおける代表的な4分音符のアーティキュレーションの例です。上の段は、実際の記譜であり、下の段はその演奏例を示しています。ただし、これはあくまでも一例であることを理解してください。

4分音符の代表的なアーティキュレーションの例

4分音符がAのようにテヌートで記譜されている場合、原則として音価目一杯伸ばします。もし次の拍が休符であれば、休符のタイミングまで音を伸ばします。

Bのようにスタッカートで記譜されているとき、音は短く切って演奏します。下段はその一例です。これはあくまでも一例であって、厳密に音価の1/3で切るというわけではありません。テンポやニュアンスにもよるでしょう。

Cは、いわゆるソフト・スタッカートです。4分音符主体のメロディのとき、例えばミディアム・スローのスウィングの場合などでは「ダーッダーッダーッダーッ」のように演奏しますが、演奏は下段のようになります。これもあくまでも模式的に書いた一例だということで理解していただければと思います。

なお、メロディで4分音符が主体の場合、慣例的に何もアーティキュレーションをつけない場合であっても実際にCのように演奏することが最適な場合もあります。他方、ベーシストの演奏するベースラインは、テヌートあるいはレガートに近いことは自明なので、いちいちアーティキュレーションを付けることはしないでしょう。

このように実際どのようなアーティキュレーションで演奏するかは文脈で決まることもあります。また、どのアーティキュレーションで記譜するかは作曲者や編曲家によっても多少好みや習慣に違いがあるので、適切に判断する必要はあります。

ただ、重要なことは、演奏するときにアーティキュレーションをきちんと判断することです。聞き取れないことは表現できませんから、参考音源があるときはどのようなアーティキュレーションで演奏しているかをきちんと聞き取って理解する習慣を身につけるとよいでしょう。最近はデジタル機器で再生することがほとんどですから、テンポを一度半分に落としてチェックすることを強くおすすめします。波形を見ると視覚化できるので、この方法もおすすめします。そして、ソロをコピーするときも、4分音符をはじめとして、特筆すべきアーティキュレーションについてもきちんと理解して採譜した譜面に記しておくことが重要です。

アクセントとゴースト・ノート

アクセントとゴースト・ノートについてもしっかり意識できるようになりましょう。例えば、8分音符がいくつか並んだときに、それらは常に同じように演奏されるわけではありません。そもそも、スウィングにおける8分音符の音価は基本的に均等(イーブン)ではありません。それ以外にも、アクセントのある音、ゴースト・ノート(いわゆる「飲む音」)がありますし、場合によっては明らかにスタッカートやテヌート、あるいはスラーをつけて演奏される音もあります。

これらは譜面に明確に指示されていることもあるのですが、常識的なものについては必ずしも細かく指定があるとは限りません。また一部の質の低い譜面は、指示が不十分だったり不適切だったりします。

アーティキュレーションを確認する一番確実な方法は、音源を参考にすることです。再生するときは、PCやスマートフォンなどのデジタル機器も活用しながら、半分くらいのテンポまで落として聴くことをおすすめします。これは、拡大鏡を使うのと同じような効果があります。すなわち、聞こえていたつもり、理解していたつもりであっても、半分のテンポで聞くことによって、何気なく演奏しているように思えても、実際は一音一音楽器を適切にコントロールしてプレイしているかが分かります。

例えば、ものすごく速いテンポで演奏していたり、あるいはバラードにおいてダブル・タイムの16分音符どころかその倍の32分音符で演奏しているような場合であっても、それらのフレーズがしっかりスウィングしていることに驚くことでしょう。また、ゴースト・ノートとして明確なピッチ(例えばB♭の音)として「聞こえていた」はずの音が、実はまったく発音されていない(かすりもしていない)ことに気づくことがあります。

さて、アクセントやゴースト・ノートを実際に耳で聴いて理解したものを実際にそれぞれの楽器で表現しようとすると、思いの外、楽器をコントロールするスキルが要求されて、最初は全然歯が立たないということがあるでしょう。そうだとしたらしめたものです。なぜなら、その瞬間から基礎練習における明確な目標が設定されるので、それまでなんとなく惰性でやっていたトレーニングを行うときの集中力が何倍にも増すからです。スケール練習やインターバルのような基礎練習にアクセントやゴースト・ノートを組み合わせて練習することで楽器をコントロールする質は徐々に上がっていくでしょう。同時に、アーティキュレーションを聞き取って理解できる耳も育っていくにつれて、自身のメロディやソロを演奏するときの表現のクオリティも徐々に高まっていくことでしょう。

まとめ

私は、「聞こえないことは表現できない」ということをよくお伝えするのですが、これを裏返すと、聞こえてくるようになって練習との向き合い方が変わるので、表現の幅がどんどん広がることを意味するのです。

アーティキュレーションを改善することで、個人やアンサンブル全体のサウンドは向上します。特に、音価を意識することは、今の演奏スキルを向上させなくても意識を少し持つだけで今日から演奏の質をワン・ランクだけアップさせることにつながります。

アーティキュレーションについて意識することは、楽器の演奏レベルを少しずつアップさせる原動力になることもあります。まずは、アーティキュレーションについてきちんと理解すること。そのためには、参考となる音源を半分くらいのテンポで再生することもとても有効です。もちろん、練習するときも確実に表現できる半分くらいのテンポから始めて、クオリティを落とさない範囲で少しずつテンポを上げていくとよいでしょう。

この練習を積み上げることで、ソロのように即興で何も決めずに演奏するときでも、自ずとアーティキュレーションをつけて演奏できるようになるでしょう。その頃には、皆さんの表現力は今よりはるかに向上しているに違いありません。まずは、聞くことから、すなわちイヤー・トレーニングからはじめましょう。

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