【ジャズのリズム:その3】聴いて理解できることの大切さ
ジャズに限らず、音楽は聴覚芸術です。もちろん、楽器の演奏技術が重要、セオリーの理解も大切なんですが、これらの土台になるのが「聴いて理解できること」です。つまり聴いてわからないことは理解できないんですね。
例えば、英語の習得。日本人の英語がネイティブに伝わらない理由は、英語には日本語にない発音の音がたくさんあること(子音にも母音にも)、加えて、英語のリズムが日本語のそれと大きく異なること(前者がアクセント・タイミング、後者がモーラ・タイミング)が大きいと思います。
ネイティブに少しでも伝わる英語を話すためには、発音練習が必要なことは確かですが、しかしその前提として「聴いてわかること」が不可欠なのだと思います。例えばLとRの発音を聞き取ることができること、あるいは、聞いて文節単位で捉えることができることなど。もちろん、リスニングとスピーキングは車の両輪なので、リスニングが完全にできるまで発音練習をしても無駄というのは極論も甚だしく、全くナンセンスなことですが。
音楽の習得も同じです。聴いてわからないことは表現できない。もう少し表現をソフトにすると、聴いてわかる程度にしか表現できない、ということでしょうか。
リズムを聴いてわかること
ジャズのスウィングの「ノリ」について、例えば the top of the beat だとか、behind of the beat だとか、言葉や知識としてなんとなく理解していたとしても、聴いてどこまで正確に捉えることができるでしょうか。
まさにこの「聴いてわかる」技術こそが、リズムの良し悪しを決定づけているのではないかと私は思います。
ある日突然 Killer Joe を聴いて衝撃を受ける
私の経験を少しお話させてください。
私がリズムに真剣に取り組まなくては、と考えるようになったきっかけのひとつが、ベニー・ゴルソン作曲/演奏による Killer Joeです。ある日、運転中、何気なく流れてきたこの曲の演奏を聞いて衝撃を受けました。
イントロ、それからセクションAに、ピアノが奏でるお決まりのリズム型、すなわち付点4分音符、8分音符、2分休符の繰り返しがあります。
プレイヤーやシンガーの方はもしよければ、まずは試しに音源を聞かず、自分なりにこのリズムを歌ってみてください。
次に、実際の音源(ゴルソンでも他の人でもよいです)を聞いて、先程自分で歌ったリズムと比べていただきたいと思います。
当時の私の場合、2拍目ウラの8分音符がうんと浅かった。つまり、ゴルソンら、どの録音と比べても相対的に付点4分音符が短かったというべきでしょうか。「えっ、ここなの?」と思わず叫んじゃいましたから。
この音型は、他にもMoanin'やSo Whatなどさまざまな曲で、さまざまなパートが演奏する基本的なものです。メロディやソロのなかにも含まれているようなものでしょう。しかし、それが全然身についていない自分に衝撃を受けるとともに深く反省をしました。
というのも、この曲は私がベースを始めるはるか前、中学生の頃から何度も耳にしていた曲だったからです。それなのにこのことにずっと気づかないまま、あろうことか演奏活動をしていたのです。
すなわち、聞いていても聞こえていないということだろうと思います。聴いてわからなかったのです。スウィングとはこんなものだろうと自分勝手に判断し(誤解でした)、ネイティブとの違いに気づかないまま何年も人前で演奏し続けていたことになります。ああ、穴があったら入りたいと、とても恥ずかしい思いをしたとともに、取り敢えず気づいて良かったといえるとも思います。
突然の気づきの理由
ところで、私はなぜある日、突然この曲を耳にして、スウィングの「ノリ」について気づくことができたのでしょうか。
おそらく、楽器をはじめてから気づくまでの、リズムに関する試行錯誤や葛藤があったからだと思います。
おそらく大半の人がこの音楽をはじめた直後に、ジャズの「ノリ」は基本的にスウィングであり、それは3連符であると教わります。たしかに、ジャズの8分音符はイーブン(均等)ではありません。3連符だといわれれば、ああそうなんだなと深く検討することも自分で検証することもなく理解します。
ただ、しばらく演奏経験を積むと、様々なことをいわれます。やれ遅れるだの走るだの、前ノリだの後ノリだの、メロディやソロは実はイーブンだのそうでないだの…。
きちんとした理解に基づき発言に最後まで責任を持ってくれる人が言うぶんには構わないと思いますが、実際は必ずしもそうではありません(私自身も深く反省しております)。人間は、自分の理解力を超えてものごとを認識することはできないからです。今の私も同様です。
このような発言はときに混乱をもたらし、またときとして(理性的ではなく)感情的に反発などをしながらも、自分は確かに不安定だしスウィングしていないことは事実だよなと冷静になって、いろいろ仮説を立てたり検証したりして取り組んできたわけです。その過程で、聴き方も変わったし、聞こえ方も当然変化していたのだと思います。
そのような状況でたまたま耳に飛び込んできた Killer Joe のイントロ。「え?」と気付かされたわけです。
気づきを練習に落とし込む
さて、気づいたらしめたもの。あとは日々の練習に落とし込むだけです。
Killer Joe を聞いた私の場合、自分のスウィングの深さが、ネイティブよりもはるかに浅かったということです。
これは、まず付点4分音符を4分音符とスウィングする8分音符のタイとして捉え直し、次に、2拍目のスウィングする8分音符をより意識することである程度自分の意識や演奏に変化が生まれました。
ただ、問題は、自分の演奏するベースライン(私はベーシストなので)、メロディライン、ソロラインの8分音符のウラが、Killer Joe で気づいた「あの位置」に来ているか、ということでした。もちろん、結果は否。
よって、次の目標は、どのようなフレーズを演奏しても、8分音符のウラが然るべき位置に来るように習慣づけることでした。
同じ練習でも効果がまるで違う
そのためには、今まで学んだ知識や、様々な人から受けたアドバイスを反芻しました。偶数拍から奇数拍、あるいは拍のウラからオモテへの「重心移動」の感じ、アウフタクトについて、フレーズをどの位置からでも始められるようにするためのトレーニングなどなど、いろいろなことを再点検し練習に落とし込みました。
そのような練習方法のひとつに、メトロノームを各拍のウラ、あるいは2拍ごと(偶数拍または奇数拍)のウラになるように感じて、ベースライン、メロディライン、ソロラインを練習することがありました。
実は、この練習、過去にも何度か取り組んだことのある練習だったのですが、まるで練習に対する心構えとがそれまでと異なることに気づきました。つまり課題に対してタイムリーで切実だったために、目的意識が明確でうんと集中して取り組むことができたのです。
課題と効果
この練習では、フレーズが以前と比べてレガートに演奏できるようになったこと、スピード感とゆったりした感じという、一見矛盾しながらも両立させたいと願っていたことが実現する足がかりになりそうなこと、結果的にテンポ・キープにもつながりそうなこと、などなど、様々な課題を提示してくれました。
また、明らかによかったのは、動体視力ならぬ「動体聴力」が身につきつつあることです。
この練習では、テンポの上限がはじめはかなり低めです。なぜなら、あまり速いテンポでは、本来拍のウラでなっているはずのメトロノームのクリックが次の拍のアタマに来てしまうことが度々起こるからです。しかし、練習を根気よく続けていると、テンポの上限が徐々に上がってきます。そうすると、速いテンポであっても、1拍のビートが持つ質感が、今までよりも明確に捉えるようになってきます。カメラの解像度に例えることもできるでしょうが、私は「動体視力」に例えるほうがしっくりきます。スローモーションで見える(聞こえる)ようになるわけではないものの、速いテンポでも以前より細かく正確に耳がビートを捉えることで、楽器でアプローチする精度も上がったからです。
まとめ
今回は、私が Killer Joe を耳にしたことがきっかけで、リズムについての理解を深め、それがパフォーマンス向上につながりつつあるということを紹介しました。
ここからわかることは、まず、リズムに対する知識も大切ですが、スキルアップの前提としては、「リズムを聞いてわかる」能力を磨くこと、そのためには日頃から様々にアンテナを張りまた試行錯誤していること、そして、何かに気づいたら具体的な練習方法に落とし込んで継続的に取り組むことが大切であることを説明しました。うまく伝わっていればよいのですが。
新しいスキルを身につけるということは、ときとしてそれまでの考えややり方を捨てることをともないます。これは、見かけ上、一時的に下手になることなので、とても精神的にきつい場合があります。
しかしそれを乗り越えると、聞こえ方が変わります。演奏中のバンドの見通しも聴くようになり、新たな地平が開けます。アンサンブルそのものもより楽しくなるように感じます。
おそらくまだまだ未知の境地というものがあるのだと思います。そのためには、ときとして地道に努力する必要があるのでしょう。しかし、その労力はきっと報われるものと私は信じています。