#112 誰かを意識すると逆に書けなくなる。
「………、なんだろう。書きづらい」
一度スマホを机の上に置いて、そう呟いてから席を立つ。
電気ケトルで沸かしたはずの白湯は冷めてしまっていたので、改めてスイッチを入れ、沸騰させる。
待っている間、部屋の中をぐるりと見渡し、「なんかないかなぁ」今日投稿する内容で迷子になっているようだった。
カチッ。
お湯が分ける音がした。
ケトルを手にし、耐熱カップに注ぎ込む。
うまく書けずにむしゃくしゃした心を洗い流すかのように一気に喉の奥に流し込……もうとしたけれど、あまりに熱すぎたので、やめておいた。
というか、すでに舌やけどした。
「ふぅ……」
深く息を吐いたあと、いつも投稿する際に座っているアウトドアチェアに座り、改めてスマホを拾う。
ロック画面を解除すると、Instagramの投稿画面が開いた。日課の投稿をするところだ。
最近ありがたいことにフォロワーが増えている。でも、ありがたいことにそれに反比例して、書きたいことがわからなくなってくる。
そして、最終的に……
「あれ、誰に何を伝えたいんだっけ?」
・・・
1週間前から本格的に始めたInstagramの投稿。
ありがたいことに始めた頃からフォロワーが30人になった。
フォロワーが増えるのはすごく嬉しい。
自分はそんな大層な写真を撮っているわけではないし、特に何かに秀でた才能があるわけでもない。
だから、フォローしてくれる人は僕の投稿に何を求めているんだろうと思わざるを得なかった。
部屋の写真? それとも、写真に添えている文章?
そのどちらも? わからない。
ある人は文章かもしれないし、またある人は写真を気に入ってくれたのかもしれない。
だからどんな人に向けて書けばいいのかわからなくなった。
不特定多数に向けて伝えたい場合はペルソナを用意しなさいと言われるけれど、僕はいまいち刺さらない。
だって、僕が想定した人なんて本当は存在しないのだから。彼らがどんな生活をしていて、どんなモノが好みなのか。そんなことを想像したとしても、机上の空論で、いない人なのだから。
かと言って、実際にいる人に向けて書くのもしっくりこない。だって、読む人は1人じゃないから。そして、想定した相手のことなんて、その人の1割も知らないのだから。
何も知らない人相手に書くことなんてできない。
「誰にでも刺さる文章なんてない」
そんなことはわかっている。
「誰か1人に向けた文章は多くの人に刺さる」
それも知ってる。
その誰か1人すら思いつかない僕はどうしたらいいのだろう。
小説の登場人物はすべて自分だ。
幼いころに書いていた主人公も、厨二病のときに描いていたヒロインも、すべて僕自身を投影させたモノだ。
僕のことは僕しか知らないし、僕しか知り得ない。
タッチポイントを変えて視点を変えて、自分の捉え方を変えてみる。
すると、自分ってこういう一面があるよね。と思えるようになる。そして、そこで見つけた自分に対してアプローチする。
そうやって僕はこれまで文章を書いてきた。
案外、僕は誰に対しても書けないのかもしれない。
僕は僕自身に語りかけることしかしたことがないから。
でも、それも少しはいいのかもしれない。
自分にとっての最初の読者は自分自身で、最高の読者も自分自身だ。
一言一句、隅々まで読んでいるのは僕自身だ。
だから、僕は相手を意識しない方がいいのかもしれない。
相手を意識すると、逆に書けなくなる。
だから、初心者は「自分に向けて書く」というプロセスを取るのかもしれないね。
おわり。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?