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スポーツに携わる者としてのもどかしさと、複雑な想いと。

止められない戦争と自分でできること

今日の記事は私が書き下ろしているもう一つのマガジン「#みんなのブランディング」でもl書いた記事をこちらの「スポーツとビジネスの交差点」でも発信しようと思い、リライトしたものです。どうして、同じ記事を複数にわたって挙げるのか、というと、それは私自身が一人のスポーツビジネスに携わる人間としての想いを綴って行きたいと考えたからです。
ご存知の通り、ロシアがウクライナに侵攻し、戦争が始まりました。罪のない人々が殺戮されています。もちろん双方に犠牲者が出ています。ここ数年来闘ってきたウイルスによって死亡したのではなく、同じ人間が殺し合っているのです。その事実に胸が痛くなるのと同時に、一人の人間として何もできない思いです。
そんな中でも、何もしないのと、僅かだけれどできることを探すのは大きな違いがあるのではないかと思って、この記事を書いています。
世界には色々な主義主張があるし、属する母集団も異なる。忌々しい過去の歴史も消し去ることなどできすはずもないのも分かっています。しかし、対立はコミュニケーションを軸として進化してきた人間という種としては避けられないものなのでしょう。はっきりと言えることは、そうとはいえ、人の命は何よりも重いはずである、ということ。今日も何も変わらず日本で日常を送っている私達にとっては遠い国々の人々がなくなったという「情報」でしかないのかもしれない。しかし、もし、あなたの大切な人が突然起こった戦争でいなくなってしまうことを想像してもらいたい。そう、あってはならないことなのです。
私は年齢も40代後半になっているので、日本に起こった過去の戦争の空気感を家族から直接伝え聞いている最後の年代かもしれません。私の祖父は、戦死をしている。20代後半でだ。亡くなった祖母は女手ひとつで父と父の兄である叔父の兄弟を育てました。祖母は戦争については多くを語らないままなくなってしまったので、突然大切な人を奪われる辛さは、生涯かけても消えないものなんだなと、身近で感じたものです。

スポーツに携わる身として

オリンピックは平和の祭典で、過去よりオリンピック期間中は停戦をしていたというのはみなさんもご存知のところかと思います。すぐに始まるパラリンピックは、その前身をストークマンデビル国際大会という戦争負傷者のための大会でした。オリンピック、パラリンピックともに、戦争とは真逆にあり、人々が平和的に戦う場である。しかし、パラリンピックにおいては、ロシアもベラルーシも出場することは結局許されませんでした。スポーツが政治に翻弄されているのです。ひたむきに頑張った選手が、その権利を目の前で奪われることも、人生を賭けて競技に没頭しているアスリートには酷なものだということを理解をしたいと思います。
私はスポーツに携わる人間として、やはり、ウクライナの状況に無関心ではなく、解決に向けて何かしら日本の人たちが思いを寄せるような、そんな発信をしていくことが大切なんだと思っています。だから、この記事もかいているのです。おりしも、Jリーグでは長崎、広島の両チームが反核のメッセージを発信したことに関しては、私は賛成の立場にいます。スポーツは政治と切り離すべき、というのは合意をするけれど、人々が命を落とすであろうことに綺麗事ではなく反対のメッセージを上げるべきだと考えています。スポーツこそ多くの人々をまとめる強い力を持っていると信じているので、人々の関心を少しでも向けること、それがスポーツの一つの役割でもあると思うのです。

一人ひとりのスポーツフリークこそ声を上げよう

なんの脈略もないように思えるかもしれませんが、スポーツを愛する私達が声を上げることこそ、大切なことだと思っています。先程も書いたように、何もしないのと、ほんの少しでもいいからやれることをやってみる、というのは大きな違いがあります。
スポーツはゲームの前は「敵」かもしれませんが、ゲームが終われば同じ競技を愛する仲間になります。戦争は人の命が奪われます。終わってもとてもではないが仲間にはなれません。
私は色々な場面でこのメッセージを発信していきたいと思っています。綺麗事だと指摘されるのは分かっていますが、戦争を今すぐにでも止めることこそが、多くの命を守ることになり、そして、より多くのアスリートがその努力が報われる場も失わずに済むことになるのですから。

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