【物語】 アルバイター

きっかけは単純、知らないことが嫌だった。
大して欲しいものは無くて、
広い世界に出てみたかっただけ。
社会を知りたかっただけ。
吹けば飛ぶような給料に、
興味なんてなかった。

コンビニも、派遣も、居酒屋も、
何もかもが自由で、
いつでも辞められて、
狭い社会に閉じ込められていた僕には、
何もかもが新鮮だった。

ある日、僕と同じように、仕事場を転々とするおじさんに出会った。
明るく、愛想よく、楽しそうに働いている。
だから、僕はつい、話しかけてしまった。

「どうして、バイトをしているのですか?」

そう聞かれたおじさんは、
ひどく歪に固まった笑顔のまま、
しばらく黙って、
こう言った。

「選択肢がないからだよ」
「金が欲しい。女も欲しい。地位も名誉も、何もかもが欲しい。でも、どれも俺とは無縁だった」
「今更だ。もっと真面目にしていれば良かったなんて。勉強じゃないぞ。もっと真面目に生きていれば、今よりもマシだったかもな」


僕は思った。
なるほど、これも社会ってことかな。