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【NOVEL】アートマン 第2話

枯山水に架かる太鼓橋を渡り、縁側へ向かう。内でもなければ外でもないあの板敷を越えて、その先の障子を開けたら最後、私の(彼らの)人生という名の旅が、異なる方向へと進むのである。青い翼を持っていた鳥たちは、若き日への郷愁をバネにするが、親鳥はそれが裏目に出ないことを切に願う。

薄明りの向こうで二つ頭が揺れている。私は障子に手を掛けるが一旦下がった。気後れでは無い。落胆である。滝のような雨が地面を打ち付ける未明、敷かれた小石の隙間で水が躍る。空しい一夜の忍耐は散歩によって浄化されたはずだ。

しばらくして、私は勇気を出して引手に手を伸ばした。

 「うん、やはり、ほとんど集まらないか…わざわざ講堂を会場にする必要は無かったのだな。僧侶が経典の説教をするわけでも無いのに、天井の雲龍図なんて恐れ多いものだ。招集しておいて何だが、我々の心理的距離は計り知れない。それにも拘らず、お二方に来てもらえただけでも私は良しとする。そもそも、我々はパンクチャルでは無い。議題を揉んでいく間に、他の連中がぞろぞろやって来るのも悪くは無い」以下【中道】と呼ぶ。

 「しかし、その都度、説いている話を来る連中に説明するのは面倒だ。やはり、もう少し集まるのを待っていた方が賢明では無いのか?」以下【悲観】と呼ぶ。

すると、その片割れは彼の倍ぐらいの声で言った。

「いやいや、それでは時間通りに来た我々は一体なんだったのだ!とりあえず、この三人で論議はしておくべきであって、その決断の可否は後回しにする」以下【短気】と呼ぶ。

中道「うん、本題に入らずとも、前説だけをあなた方に説明しておきたい」

悲観「では、我々を呼び付けた【中道】さん、今回、会談を開くに至った経緯を敢えて聞こうか」

中道「なるほど、まずはそこからだ。ご存知、我々は現在、これまでに無いほどの精神的分裂を果たしてしまい、本元が極めて不安定な状態にいる」

短気「因みに、分裂した数はどれほどだ」

中道「…正確に把握するのは難しい。何せ人間というのは、神の似姿とまで記述した文献もある。元々が複雑系なのだ。大雑把に言ってしまえば、五十から百と言ったところであろう」

短気「まったく、人員も把握せず、よくもまァ招集をかけたものだ」

悲観「まぁ、以前からこの器は怪しい箇所があったではないか。それに、直ぐに話を遮る君のその癖をやめたまえ」

短気「……」

中道「いやいや、そうして頂けると却って有り難い。が、私は人生の伴走者というわけではない。横槍が入るのは歓迎する。議論をするに当って一番困るのは、知ったかぶりをする者や思い込みの強い奴だ。私は、君たちをそうした愚者ではないと信じている。もし、仮にそうだとしたら、私はそこの襖を開けることは無かった。そんな奴らと題目を揉んでもどうしようもないからな。『なるほど』なんて言って取り繕うテキトーな奴よりも大変頼もしい。

完全なる状態、つまり我々の統合が望ましいと思えた時、労働に楽しみを見つけ、悩みの無い日々を送るのは不可能だと分かってしまった。逆説的だが、それが現状を物語っている。人間、やりたい事だけやっていると却って孤独になる。願望であると同時に不安でもあった。社会不適合者としての引け目が、行動範囲及び交際範囲を狭小させ、その結果、内在する観点的な解釈が独立する。傍から見れば、人格の変容と言って良いだろう。

確認しておくが、健常な生物がこういった状況に陥ることも珍しくは無い。いや、むしろ普通である。規模に関して語ることは出来ないが、その際こうして集まって、弁証的に自己解決へと持って行く。一般的に言えば、悩みを抱える状態と捉えても良い。仮に、目標とすべき器の定義を『過酷な環境で心身が乱れても、比較的統合状態が持続される』としよう。すると現在は、そこからかけ離れている。故に、こうした大げさな場を設けて、こういった形式で話し合いをする」

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ここまで読んでいただきありがとうございました。第3話は近日投稿するので、よろしくお願いします。

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