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【NOVEL】アートマン 第3話

短気「待ってくれ、その仮定は一体誰が決めた」

中道「…誰が決めたというより、全人的な、ある種の定義として定めている。比較的と言ったのもそのためだ」

短気「目標とする根拠は」

悲観「おそらく、世間では幼稚または危険と判断されてしまう。細分化された外界への視野は、冒険的ではあるが極めてリスキー。それは一個体の時間経過によらない。悲劇を起こすも受けるも、大人であろうと子供であろうと事件の背景はここにある。このままでは大なり小なりの罪を犯し、この器は惨めな罰を受けることになる」

中道「【悲観】の言う通りだ。世間様からしてみれば、器に精神的不安定さが表れてしまうと、それは排除の一因となってしまう。または、世間に対して、本人自ら身を引いてしまう原因になる」

短気「ふん、自然淘汰であるならば、それこそ勝手にしろだな」

中道「うん、【短気】言い分も分かるが、そうも言ってはいられない。淘汰…確かに、草木動物のように死滅という現象の一点で事が済めば、人間だってそれ同様、好き勝手で構わない。だが、【悲観】の言う通り、この人間という器において恐ろしい事は、それに伴いとんでもない逆恨みをする場合がある。それも不特定、尚且つ多数に及ぼす危険があるとなると、事は思っているほど単純では無い。

時折、街中で起こる殺傷事件の犯人は『別に誰でも良かった』と供述する。これは、後に議論の対象になってくるかもしれないが、要する人間は、動物と異なり、自尊心の低下に伴い、ふとした拍子に捨て鉢になる。今現在、我々だけの問題が、最悪の事態に備える未然防止にもなるのだ」

悲観「引用するのも恐縮だが『人間は食べるために生きるのではなく、生きるために食べるべきである』本能的な生方が無い分、動物よりも無限の可能性があると言っても良いのか、それゆえの身勝手さが合法にもなり得る。犯罪者予備軍という安易なネーミングは嫌いだが、言わざるを得ない現状においては、おそらく私の見地増大が極めて懸念されるべきである。

すなわち、どうせ物事は上手くいかないに決まっている。そうした中で身を粉にして労働する者たちは、如何にして自分のアイデアを発信していけるかと錯誤していくが、その大概が裏目に出てしまう。この器は、その部分に過ぎない。我々が統合されている状態であれば、いかなる悪環境に陥っても、それを克服できる。仮に私が表立っても私と対極を成す者が相互に作用し、まともな理性が働くという事だ」

中道「日々、各々、活動に勤しんでいる所、大変申し訳なく思っている。どうして君たちに集まってもらったのか、大凡見当が付いたであろう。これから繁忙期となる我々において、このまま消極性に基づいた行動が繰り返されてしまうと、こちらとしても大変困ったものになってしまう。良からぬ方向へ進む前段階で、原因と対策、及びそれらを踏まえた弁証的な統合へと活動してもらいたのだ。

先に断っておくが、中道を行くことにより批判を避けるといったような生産性の無い発言は止めて頂きたい。理由は言うまでもないが、そのための会合では無く、それは我々本意の基では無かったからこうも分裂してしまっている。コミュニケーションというものは、受け手のことを配慮したキャッチボールだと世間で言うが、ここでは是非ドッジボールのような意気込みで意見を相手にぶつけてもらいたのだ」

短気「ふん、上手いこと言っているが、三人ではボールのぶつけ合いにもならないぞ。お前がアンパイアであれば、議論の相手は、それこそ片割れのみになってしまう。なるほど、このままでは気の短い、悲観的な態度を取ってしまう困った奴になるわけだな。

確かに、この器は学者を目指すようになってから今日、私の出番が急激に増えた。社会人として世に出た同世代の連中は、日々の労働からやって来る前兆に従い、私情を挟まず職務をこなしている。この器も同様、己の研究を恰も責務であるかのように振る舞っていたが、実のところ、仕事をやった気になっていただけではないのか。実際、私の認識は、家路に着くとぷつっと途切れる。平日はその繰り返しだった気がするが…」

悲観「ふふ、自宅においては私の独壇場であった。そりゃ独身生活が長く続けば、独房のような住まいでも気にしないものさ。台所だってあの有様さ。こんなことなら、料理なんて覚えるんじゃなかった」

中道「いや、あなた方はこの器の立場を十分に理解していない。まず、今現在、この男は世間で言うポスドクであり、博士ではない。主な仕事は、彼が進める研究活動であって、立場としては任期付きの研究者である。その後の地位の保証は無いという現状に注意して欲しい」

短気「となると、生活はいかにして成り立っているのだ」

中道「一応、博士研究員という身分で大学から給料は支払われている。尤も、それまでは、親からの仕送りが主だったようだが」

短気「まったく…その調子では具合悪くなるのも無理もない。精神がおかしくなってきているのは、発達における課題の取りこぼしに過ぎないのではないか。研究と言えども、齢三十を過ぎれば趣味嗜好の動機から論文なんて書けないに決まっている。差し当って、社会貢献度の低さと孝行者になれずにいる親への負い目ではないのか」

中道「うん、それは確かな意見だ。金銭一つにしてもそうだ。成熟した人間は、自分のために出費するよりも、他人のために出費するほうが幸福度は上がるという。研究分野を貢献度で計った際、本人も自覚があるのだろう。詰まる所、大人になったからには、労働環境が必要だ」

悲観「ふふ、だが、ブランクを良しとしない御国柄、この歳で非正規雇用の身分では手遅れではないか。それに、これまで研究者としてのプライドだってある。今後、増々、どんな職場でも良いとは言えなくなる上、引き下がれない立場も強くなる」

短気「うん、それであれば真っ先にお前の主張は害悪だ。常々思っていたのだが、こうした負の磁場を作り上げる誘因が気に食わない。自己評価だけが高い仕事場で何が悪い。自信が無い人間に仕事を任せるよりはマシなはずだ」

悲観「ふ、悪の権化が分かってしまえば、気の短い君は、そいつを追放するのだろう。ここの所、私の出番が非常に多かった。それは私自身も大いに反省している。社会不適合者になってしまったのは、責任を感じている。そうなった原因は追い払う。つまり、有力者は間違いなく私だ。良いさ、丁度世間に辟易していたところでもある。ここに来て間もないが、私は帰るとする」

中道「いやいや、待ってくれ。【悲観】の言い分も踏まえた上で良い方向へ持って行かなくては意味が無いのだ」

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ここまで読んでいただきありがとうございました。第4話は近日投稿するのでよろしくお願いします。


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